日々のことば(ブログ)

✍️妻だけに背負わせない|両立支援は、家庭の中から始まる

おはよう。今日は、働くことと家庭のこと、その両立について書きたい。ここ数年で育児と仕事の両立支援は前に進んでいるし、2025年には育児・介護休業法も4月と10月に段階施行され、育児期の柔軟な働き方や個別の意向聴取・配慮が強化される方向に動いている。制度の整備そのものは、確かに進んでいる。 

でも、制度が変わっても、現場が変わらなければ、人は追い詰められる
そして、配偶者が本気で自分ごととして関わらなければ、結局、片方だけが潰れていく


◾️制度があっても、一人では両立できない

働く親にとって、両立支援という言葉は聞こえがいい。

短時間勤務、育児時間、子の看護等休暇、テレワーク、柔軟な働き方。制度として並べれば、たしかに選択肢は増えている。2025年改正でも、子の看護等休暇の見直しや、3歳未満の子を養育する労働者へのテレワーク導入の努力義務化、さらに仕事と育児の両立に関する個別の意向聴取・配慮の義務化などが進んだ。 

でも、制度があることと、現実に使いこなせることは別だ。

現場に時差出勤がある。
責任の重い業務がある。
代わりがいない。

短時間になれば、そのしわ寄せを誰かが受ける。
「申し訳なさ」を抱えながら働く。
周囲に気を遣い、迷惑をかけている気持ちが積み重なる。
そして、家庭に帰れば、育児も生活も待っている。

この状態で、「制度があるんだから続けられるでしょ」と言うのは、あまりにも机上の空論だった。
結局、本人一人の努力や、本人だけの柔軟な働き方では、組織の業務に対応しきれない場面がある。

そこに気づいているかどうか。
ここが、とても大きい。


◾️配偶者が変わらない限り、片方だけが潰れる

今回、僕がいちばん強く気づいたのはここだった。

働く女性が苦しいのは、本人が弱いからじゃない。
覚悟が足りないからでもない。
制度の使い方を知らないからでもない。
一番近くにいる配偶者が、どこまで本気で「自分の問題」として引き受けるか。

そこが、働き続けられるかどうかを大きく左右する。

たとえば、妻側が時短にする。育児時間を使う。責任を軽くしたい。
そうやって必死に調整しても、夫側の働き方が一切変わらないままなら、結局どこかで無理がくる。

夫はこれまで通り。
帰る時間も変わらない。
送迎も増えない。
多少、年休や看護休暇を取るぐらいで育児時間などを取得しない。
職場に気を遣うことを理由に、自分は今までの働き方を守る。

その状態で、「制度を使えばいいじゃん」「権利を主張すればいいじゃん」と言っても、それは片方だけに戦わせているのと同じだ。

僕自身、そこに気づいた。

理屈では応援していた。
制度の話もした。
権利の話もした。

でも、じゃあ自分がどこまで働き方を変える覚悟を持てていたか。

そこは、甘かったと思う。
結局、自分はキャリアも働き方もなるべく傷つけずに、配偶者側だけに柔軟さを求めていなかったか。

そこを本気で反省している。


◾️「夫が少し協力する」では足りない

ここも誤解されやすいところだと思う。

「手伝う」とか、「できる範囲で協力する」とか、そういうレベルではない。
本当に必要なのは、夫側が自分の働き方を柔軟に変える覚悟を持つことだ。

早く帰る。
送迎を担う。
年休や看護休暇を取る。
育児時間を取得する。
場合によっては、自分の昇給や昇格への影響も含めて考える。
給与がどう変わるか、制度上どうなるか、自分で調べる。


不安だからこそ、理解する。

そして、必要なら自分が取る。
そこまでやって初めて、配偶者にとって「この働き方なら続けられる」という現実的な選択肢が生まれる。

逆に言えば、夫側の協力がゼロ、または「気持ちはあるけど行動は変えない」程度だと、配偶者側がどれだけ制度を使っても、現場の業務には対応できず、雇用の維持すら難しくなっていく。

これは、数万円の昇給を守るかどうかの話ではない。
共働き家庭にとっては、配偶者の雇用が維持できなくなることのほうが、家計への打撃ははるかに大きい。

失って初めて、その重さに気づく。
そんな構造が、世の中まだあちこちに残っている。


◾️本当の両立支援は、家庭の中にもある

もちろん、これは家庭だけの問題ではない。
社会も、組織も、変わらないといけない。

男性が子の看護等休暇を取る。
育児時間を取る。
早退して迎えに行く。

その時に、周囲が嫌な顔をしない。
「あ、そうだよね。当たり前だよね」と自然に受け止められる空気がある。
そういう小さな空気の積み重ねが、現場を変える。

そして、それは運や上司ガチャに頼ってはいけない。
上司がたまたま理解ある人だった。
たまたま子育て経験があった。
たまたま両立に前向きだった。

それではダメだ。

逆に、自分が無理してきた経験を基準にして、「自分はやってきたんだから、あなたもやれるでしょ」という価値観の上司に当たれば、むしろ理解されないこともある。

だからこそ、俗人的な善意ではなく、組織として、マネジメントとして、両立支援を当然の前提にしなければいけない。制度を置くだけじゃなく、管理職を教育し、運用の基準を揃え、現場に浸透させる。

そこまでやって初めて、「両立支援」は看板だけの言葉ではなくなる。


◾️僕自身も、変わる側の一人だ

この記事を書いている僕自身、最初から分かっていたわけじゃない。

昭和生まれの、古い価値観を引きずった側の人間だ。
男が稼ぐ。女が調整する。

どこかで、そんな空気を当たり前のように吸ってきた。
でも、実際の生活の中で、そして学びの中で、妻の諦めない努力のお陰で、少しずつ気づいてきた。

働き続けることは、本人一人の努力では守れない。
家庭の中で、一番近い配偶者の覚悟がいる。
そして、その覚悟を受け止める社会と職場がいる。

それがないまま、「制度があるから大丈夫」と言うのは、あまりにも無責任だった。
今回、僕がいちばん伝えたいのは、ここだ。

今、働くことに悩んでいる女性がいるなら、どうか一人で抱え込まないでほしい。
そして、この記事を読んでいるのが夫側なら、どうか「応援している」だけで終わらないでほしい。

自分の働き方をどこまで変えられるか。
どこまで覚悟を持てるか。

そこが、配偶者の働きやすさも、雇用の維持も、家庭の安定も、大きく左右する。

結局、家庭全体でウェルビーイングを高めることが、個人のキャリア形成にもつながる。
そしてそれは、回り回って、社会全体の労働力や、日本の豊かさにもつながっていく。

僕は、今、本気でそう思っている。
さあ、そんなことも考えながら、今日も愛と感謝を胸に、今日も精一杯頑張ろう。


松永 修 – MUSICおさむ

松永 修|MUSICおさむ|国家公務員|キャリアコンサルタント|作家・メディアクリエイター/音楽クリエイター(シンガーソングライター)|IT・AI設計・コンサルタント

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