おはよう。今日もめっちゃいい天気。
僕は日々、誰かに奉仕献身する仕事を本業としているけれど、そういった仕事では、自分自身も自己一致している必要がある。だからこそ、僕は僕自身の人生を丁寧に棚卸しし、論理的に振り返ることを大切にしている。これは、支援者としての技術を高める営みであると同時に、未来の自分への投資でもある。
昨日は、そんな原点に立ち返って、大学時代の就職に至るまでの意思決定の過程をあらためて思い返していた。情報工学という専門分野、抱えていた特性、自分の興味関心、そして価値観、環境、将来への不安と希望。そういった要素が絡み合いながら、どう今の自分につながっているかを見つめ直す時間になった。
僕は大学時代、地元の市立の情報工学系学部に在籍し、ゼミでは電子工学や物理系のデバイス技術をはじめ、ネットワーク、プログラミング、ソフトウェア開発まで幅広く学んでいた。卒業研究では、自分自身の色覚異常という特性と向き合い、同じような制約を抱える人たちのために支援ソフトウェアを開発した。それは幸運なことに、NHKの取材を受けるような経験にもつながったけれど、僕にとっては何より、自分の「制限」を社会的な「意味」に変えたという実感が大きかった。というのも、僕は幼少期からパイロットや宇宙飛行士、自衛官、警察官といった職業に憧れていたけれど、いずれも色覚の基準によって現実的には選べなかった。実際に防衛庁幹部候補生試験や広島県警の学科試験には合格したのに、最終的に身体検査で不合格になったという経験もある。そうした個人的な体験が、「制約を支援に変える」という発想につながり、卒論テーマ選定や人生の意識決定にも強く影響していた。
卒業後は、その研究と実務能力を評価されて、母校の芸術系学部に1年間、教務員として残ることになった。そこでは、CGや映像のソフトウェアの指導、地元放送局との映像制作、メディア調整、学生のサポートといった実務的な仕事を経験しながら、自分の中の「支援者としての喜び」にも触れることができた。
一方で、理系出身でありながら僕は典型的なIT業界やSE職に対して、どこか違和感を持っていた。同期のほとんどはシステム開発の道を目指していたけれど、僕は「作る」より「使う」ことに大きな魅力を感じていた。ソフトウェアも、音楽機材も、パソコンも、自分で徹底的に触って使い倒し、理解し、応用することに喜びを感じるタイプだった。ネットワークやデータベース設計、プログラミングなども、大学の学びや職業選択を越えて独学で深く入り込み、今でもそれらの知識は、僕の本業や個人活動を支える大切な基盤になっている。
IT業界を選ばなかった代わりに、当時はテレビ局や音楽制作会社といったメディア業界への関心も高まっていた。裏方として音楽や映像を創ることに興味があったし、何より自分の音楽活動とリンクさせて、表現を仕事にしたいという気持ちがあった。けれど、就職活動を進めていく中で、僕は次第に気づいた。自分が本当にやりたいのは、誰かの作品の補助ではなく、自分自身の声と感性で表現するアーティストとしての道だということに。そして、その中途半端な想いではメディア業界に進むことはできないと判断し、就職を辞退する決断をした。
また、大学在学中には小規模ながらインターネットを使ったビジネスで収益を上げるという経験もした。当時としてはまだ珍しかったネットビジネスに取り組み、実際にお金が動いたことは、自分の中にある「やればできる」という感覚と、「自分で稼ぐ自由」の魅力を強く意識させた。その頃は本気で「このまま起業しよう」と考えた時期もあった。
でも、若さゆえの見通しの甘さや、生活基盤の不安、安定との葛藤などもあり、最終的には「公」の仕事を選ぶことになった。ただ、それは単に安定を求めたからではない。誰かのために尽くせること、自分の知識や技術を公共の場で役立てられること、社会の一員としての役割を実感できること、また、自分の性格や特性を鑑みると安定感は重要な要素だと判断した、そうした実感に裏打ちされた選択だった。当時はインターネットやAIも発達しておらず、職業の情報も限られていた。キャリアに関する具体的な支援や知見に触れられる機会も少なかった。親や先生すら仕事理解、キャリア教育が不十分な時代だった。だからこそ、今思えばあの選択は、自分にとって自然な流れだったと思う。
今の自分を見つめると、大学で学んだ情報工学の知識は、現在の仕事にも音楽活動にも活きているし、色覚という特性が進路に制限をかけた経験は、他者理解や社会的制約への共感につながっている。IT業界を選ばなかった理由は、今となっては自分にとっての「ものの使い方」や「表現の方向性」を尊重した結果だったとわかる。そして、音楽やアートへの情熱はライフワークとして続いていて、若い頃に芽生えた起業的なマインドは、今あらためてセカンドキャリアへの展望としてずっと揺るがす種蒔きを続けている。
これからの人生では、長年、労働業界の現場で積み重ねてきた経験や知識、人とのつながりを土台に、自分なりの支援や表現をかたちにしていきたい。本業を軸にしながら、出版やアプリ制作、キャリア支援のようなかたちで知見を社会に還元し、同時に音楽や文章といった自己表現を統合させていく。そして、還暦を迎える頃には、今以上に自由で創造的な働き方を中心に、人生の後半戦を謳歌していきたいと思っている。
人生は、いつでも選び直すことができる。大学時代の選択も、その後の道も、すべては今につながっていて、これからの未来へと続いている。そんなことを思いながら、今日も空を見上げて、風を感じて、目を閉じて、心に浮かぶ大切な人の名前を呼んでみる。ありがとう、今日も愛してる。
またね、バイバイ。
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