日々のことば(ブログ)

✍️弾き語りの上達は“1次”で決まる──右手と発声という“音の源流”を掴めば、表現は別物になる

おはよう。今日は、音楽の話をしたい。
ギターでも歌でも、上達を決めるのはテクニックじゃない。
“1次の要素”をどう扱うか だ。

ギターなら右手。
歌なら発声と響き。
この1次が整うと、音楽は一気に変わる。

この1次が整うと、音楽は一気に変わる。

今日は、僕自身がずっと大切にしてきた“音の源流”の考え方をまとめてみる。
僕はこれまでの記事でも、歌・ギター・表現・響きについて、ずっと同じ軸で書いてきた。
今回のテーマは、その連続線上にある“基礎構造の核心”だ。

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ものごとの本質に目を向ける

最初に理解してほしいのは、ものごとのすべては「1次 → 2次 → …」という階層構造でできているということだ。
音楽も同じで、本質・基礎・根っこが必ず存在する。

・ギターなら
 1次=右手の強弱・トーン・アタック・響き
 2次=左手の押さえ方・音程・コードチェンジ

・歌なら
 1次=発声・響き・音の置き方・位相
 2次=ビブラート・しゃくり・フェイク・音程操作

つまり、
“音そのもの”が1次で、
“技術や処理”は2次。

ここを取り違えると、どれだけ練習しても音楽は伸びない。

分かっているつもりでも、ほとんどの人は2次的なところばかり練習してしまう。
しかも、歌とギターを同時に扱うマルチ作業では、脳が情報処理でいっぱいになり、1次を突き詰めていない人ほど、1次要素が一瞬でスカスカになる。

もちろん、本質(1次)といっても、さらに低次の階層はいくらでも掘り下げられる。
ギターなら木材の品質や構造、歌なら発声以前の声質・体調といった“0次”とも言える部分だ。
そこを追求することも大切だが、今日はあくまで“話を分かりやすくするために”、1次を基準として説明している前提だ。

大切なのは、上の次元(2次)を意識しながらも、より本質である1次へ目を向ける脳を育てること。
低次をおろそかにしたまま2次を積み上げても、表現は不安定になる。
だからこそ、“本質の階層”を捉えることが上達の核心になる。

楽器の表現力が伸びない理由は、9割が「1次不在」

例えばギターで言えば、世のギター弾きのほとんどは、“左手(2次)”ばかりを見てしまう。

・音を外さない
・コードをミスらない
・押さえ方を間違えない

どれも大事だが、これは全部2次だ。

右手が整っていないまま2次だけを頑張っても、音楽はスカスカになる。
右手こそが、音の“源流”だ。

歌もまったく同じ構造で動く

歌でも、みんな“2次”に寄っていく。

・音程を正確に
・ビブラートをかける
・しゃくりを入れる
・フェイクを混ぜる

どれも大事なんだけど、これは全部2次要素だ。

本当に大事なのは、

・意味を宿した言葉
・息の流れ
・響きの位置
・声の波形・位相

つまり“声そのものの質”という1次の部分だ。

パーカッションで右手の「1次」を学ぶという考え方

ギターの右手を理解するには、
「パーカッションだけで弾き語る」
これがいちばん分かりやすい。

音程がない類のパーカッションは、2次要素に逃げられない。
だから1次だけがそのまま露骨に表に出る。

・叩く強弱
・叩く位置
・揺らぎの位相
・止めるタイミング
・響きの質感

これがそのまま“1次の構造”そのものだ。

歌もまったく同じで、発声という“太鼓の皮”を理解していないと、
2次的な技術は全部、上に乗った飾りで終わる。

1次が整うと、歌とギターが“同じ地図”で動き出す

ここがいちばん重要なところ。

楽器の例としてギターを出すなら、右手(ピッキング)と歌(発声)は、
実は“同じ1次構造を持った別の表現形式”に過ぎない。

だから1次が整うと、

・押す語尾
・抜く言葉
・息の奥行き
・響きの輪郭
・ギターの強弱
・ピッキングの質感

これらが全部、“同じ設計図”の上で動き始める。

右手の認知が育つと、歌の認知も自然と整う。
歌の1次である発声が整うと、右手の1次も連動して整う。
両者はお互いを補完し合い、ひとつの地図の上で情報が統合される。

結果、弾き語り全体が“一枚の表現体系”としてまとまり、
音楽が急に“設計可能なもの”へと変わる。

これは、もはやギターでも歌でもなく、
“音楽というひとつの現象を扱っている”状態なんだ。

認知が変わると、音楽は“設計”になる

1次の認知が育った状態では、音を出す前の段階で
“どう鳴らすか”がすでに決まっている。

・前に押す
・後ろに引く
・空気だけ震わせる
・一瞬止める
・どの帯域に“意味”を置くか
・どこで引き算するか

こうした判断が、ギターでも歌でも、ひとつの設計思想で動き始める。

ここまで来ると、それはもう単なる“弾く”“歌う”という段階ではない。
音をどこに置き、どの質感で鳴らし、どんな意味を持たせるのか──
音そのものを配置し、構成し、呼吸させる。

つまり、音楽そのものを設計している状態だ。

この認知に入った瞬間、弾き語り全体が一気に統合され、
世界の見え方がガラッと変わる。
音楽が“別次元の表現”として立ち上がってくる。

最後に

音楽は、指の速さや器用さだけで決まらない。
最後にものを言うのは、脳がどの世界を見ているかだ。

音の始まりを、位相・アタック・波形レベルで感じ取り、
EQを触るように丁寧に扱い、
ギターなら右手で“意味”を作り、歌なら響きに“意志”を宿す。

これが理解できた瞬間、弾き語りは“演奏”という作業から
“表現”という行為へと昇格する。

そしてこれは音楽だけの話じゃない。
表面的なテクニックに囚われず、“一次の本質”を見抜くこと。
これは、発信でも、コミュニケーションでも、人間関係でも、人生そのものでもまったく同じだ。

脳の認知が変われば、世界は一瞬で変わる。
今日もその土台で生きていこう。愛してる。

松永 修 – MUSICおさむ

松永 修/音楽名義:MUSICおさむ(シンガーソングライター)/音楽と文章の作家/国家公務員/キャリアコンサルタント

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