おはよう。今日は、子育てと両立できる柔軟な働き方制度が拡充される裏側で、実際に起きている現実について話したい。
たしかに制度は前に進んだ。
育児休業、短時間勤務、時差出勤、看護休暇、在宅ワーク。
どれも柔軟で、未来的で、希望を感じさせる。
でも、現場で感じる実感はまったく別だ。
制度はあっても、それが
「男女が自然に活用できる“当たり前の空気”」
にはなっていない。
むしろ現実には、
制度が“女性が使う前提”で語られ、運用される場面が多い。
そのため、
女性だけが制度を活用せざるを得ない状況
が生まれる。
その結果、社会はゆっくりと、しかし確実に、
古い役割分担へ逆行している。
女性は、自己実現を諦め、制度活用によって家庭に寄らされる。
男性は、制度を使いづらく、結果として社会への労働投入を肥大化させる。
つまり、
制度が役割分担を解消するどころか、
活用の偏りによって役割分担を強めてしまう。
という、静かで皮肉な逆転が起きている。
制度が人を守るために整備されたにもかかわらず、
制度が人を「役割」に押し戻してしまう。
これが、育児支援の理念と現実が乖離する“罠”だ。
◾️制度は進んでも、文化と評価が追いついてない
紙の上では、制度は性別に関係なく使える。
理念も前向きだし、言葉も美しい。
でも、現場で感じる空気はまったく違う。
▶ 女性が制度を使うことは「権利」ではなく「負担」になりやすい
子育てのために女性が制度を使うのは「当然」と見なされがちだけど、実際には、
- まわりと違う働き方をする申し訳なさ
- 業務調整に気を遣うストレス
- 職場でも家庭でも「隙間なく動き続ける」負担
- 一人の人間として自己実現を制限する苦しさ
こういった負担が重なり、心身に大きな圧がかかっている。
つまり、
制度があるから楽になる、ではなく
「制度によって新しいストレスが生まれている」場面さえある。
制度自体は前向きなのに、
運用過程で「負担を強化する仕組み」に変質してしまうことがある。
▶ 男性が制度を使うことは「例外扱い」になりやすい
一方で、男性が制度を使う場合は、
“異例扱い”という空気がまとわりつく。
育児支援制度は性別問わず対象なのに、
- 周囲に負担をかける申し訳なさ
- 自分が抜けることで仕事が滞る不安
- 「組織の責任を担える人材ではない」という評価的リスク
そういう感覚が、うっすらと存在する。
その背景には、まだ根強い
- 年功序列
- 職務等級制度
- 終身雇用
- 「出世街道」という暗黙の古い物語
が残っている。
つまり男性にとって制度利用は、
評価・昇進・待遇という長期的リスクとセット
になりやすい。
制度を使っても「正当に評価される仕組み」が十分に整備されていないため、
制度利用が、将来の機会を閉ざす可能性として受け止められてしまう。
それがゼロではない、という感覚がある。
そしてその「ゼロではない」という微妙な感覚は、人を簡単に動かなくさせる。
実際、僕自身もこれを経験した。
人生で育児休業を二度取得したが、
一度目は1週間程度
二度目は1か月ぴったり
どちらも、賞与や退職金、評価に影響が出ないタイミングと期間を慎重に選んだ。
休業前には、業務が止まらないように膨大な準備をし、
休業後には、滞った業務を自分でリカバリーできるように調整した。
つまり、
「自分が抜けた影響を、すべて自分で処理できる範囲」でしか制度を使わなかった。
誰かにそう指示されたわけではない。
しかし、
「自分が抜けたことで誰かに迷惑をかけたくない」
「評価や待遇に負の影響を残したくない」
という感覚が、自然とそうさせた。
制度は存在していたし、周囲も理解はあった。
それでも僕は、
自分で被害を最小化できる形でしか制度を使えなかった。
なぜなら、
制度利用に伴う不利益が「ゼロではない」ことを、肌で理解していたからだ。
◾️現場には「見えない抑制」が存在する
だから現場には、
誰かが明確に反対しているわけではないのに、
なんとなく制度利用をためらわせる雰囲気
が漂っている。
その空気は、強制も禁止もしないけれど、
制度を使わないことが一番安全
という、静かな規範を成立させている。
そしてそれは、
- 誰も悪くない
- 誰かが指示しているわけでもない
にもかかわらず、
制度の実効性を削ぎ落とす。
◾️男性側にも「静かな不平等」がある
その結果、男性としても、
- 家庭との触れ合いを犠牲にし
- 人生における労働提供の割合が肥大化し
- 自己実現やウェルビーイングが制限される
という不平等が生じている。
これは「男性の特権」として語られがちだが、
実際には、
男性側も、損な役割に縛られている
という側面がある。
そしてその不平等は、
誰かの悪意ではなく文化的慣習によって維持され、
当事者が「かわいそう」と自覚することすら難しい。
◾️法制度は限界を抱える
そして、この「見えない空気」は、
法律では完全に制御できない。
というのも、日本の法制度は、
- 原則は示しても
- 運用は各現場に委ねる
という設計になっている。
これは、
- 民間の自主性を尊重するメリットがある
一方で、
- 実効性を担保しづらい
という構造を内包している。
▶ 強制しすぎれば、別のリスクが発生する
法制度が個別の行動を細かく規制しすぎると、
社会全体が過剰に統制され、
多様性や自由度が失われる
というリスクがある。
特に、
- 社会主義国家に見られるような
- 「全体主義的な管理」になってしまう危険
は、国として避けたいところだ。
そのため、
原則は示すが、最終的には現場の判断に委ねる
という条文構造にならざるを得ない。
つまり、
- 但し書き
- 例外規定
- 運用裁量
など、ある種の「逃げ道」が存在することになる。
これは、
- 立法技術上の問題というより
- 社会を過剰に縛らないためのバランス調整
とも言える。
▶ その結果として「形骸化」が起きる
ただし、この設計は、
法律は整っているのに、運用が形骸化する
という状況を生みやすい。
「制度はあるけど動かない」「理念は示されたけど実態は変わらない」という現象は、
日本社会では決して珍しいことではない。
そして現実として、
- 制度利用を強制する拘束力が弱い
- 運用は組織に委ねられる
- 慣習や空気が優先される
こういう構造が残り、
制度が十分に根付かないまま、形骸化してしまう。
▶ しかし、それでも法制度には意味がある
とはいえ、これは悲観すべき構造ではない。
日本は、歴史的に、
- まず法制度を整備し
- 理念と方向性を示し
- 少しずつ社会風土を変える
というプロセスで進んできた。
つまり、
法律は「即効薬」ではなく
社会をゆっくりと変化させる装置
なのだ。
法律があることで、
- 方向性が明示される
- 問題意識が育まれる
- 社会的議論が生まれる
- 企業が制度設計を考える
そうやって、
実効性が少しずつ担保されていく
というプロセスを辿る。
▶ 今は、まさにその途上にいる
だから、
- 法律は整った
- でも運用は追いついてない
- 文化も評価もまだ変わらない
という現状は、
失敗ではなく「過渡期」だと言える。
制度が作られたことで、
- 社会の方向性は変わり始めた
でも、
- 人々の意識や行動は、まだ追いついていない
そういう「移行期の揺らぎ」が、
今の日本の姿なのだと思う。なだけだ。
制度は、ある瞬間に「正解」を完成させるものではなく、
社会の変化に合わせて、継続的に調整されるべき仕組み。
つまり、
制度設計は「終わった仕事」ではなく「続いていく仕事」だと思う。
◾️今の制度は「女性が活用せざるを得ない構造」を生む
日本では共働き家庭が増えた。
多くの家庭が、夫婦で働きながら生活を支えている。
それにもかかわらず、制度運用は平等ではない。
男性が制度を利用しづらい社会では、
必然的に、女性が制度を使うことになる。
そして、その選択が引き起こす結果は、ほぼ自明だ。
女性が制度を使う
→ 女性が家庭に寄る
→ 女性が育児負担を背負う
→ 女性がキャリアを諦める
一方で、男性は、
制度を使わない
→ 長時間働き続ける
→ 収入を維持する責任を負う
→ 家庭から離れざるを得ない
つまり、
制度が役割分担を解消するどころか、
制度の偏った活用が役割分担を再強化する。
共働き社会を推進する制度が、
結果的に、共働き社会の逆行を生む。
これは、非常に皮肉な構造だ。
◾️「制度が偏る」というより、「偏らざるを得ない」
重要なのは、
女性が制度を“積極的に使いたいから使っている”のではなく
“使わざるを得ない状況に追い込まれやすい”という点
だ。
制度利用を女性が担うことで、
- 育児の主担当になる
- 家庭の中心に位置づけられる
- 職場から距離が生まれる
- キャリアの連続性が断たれる
という流れが構造化される。
一方、男性は制度を使わないことで、
- 労働への責任が固定化される
- 長時間労働が常態化する
- 家庭から疎外される
- ウェルビーイングを失う
という別の不利益を受ける。
つまり、
制度利用の偏りは、女性だけを苦しめる問題ではない。
男性もまた、別の形で負担を背負っている。
◾️共働き社会は、男女が同じように制度を使うことで成立する
本来、共働き社会は、
- 二人で働き
- 二人で育児をし
- 二人が人生を設計する
という構造を指す。
しかし現状は、
- 女性が家庭を担い
- 男性が仕事を担い
という、旧来の役割分担が温存されたまま、
「共働き」という言葉だけが普及している状態になっている。
つまり、
働き手としては二人
でも、家庭では一人
というアンバランスな構図だ。
これでは、共働き社会が成立するはずがない。
◾️制度が作られた目的と、結果がズレている
制度は、
- 役割分担を解消し
- 柔軟な働き方を可能にし
- 家庭と仕事の両立を支援し
という目的で作られた。
しかし実際には、
- 制度は女性に集中し
- 家庭と育児が女性に偏り
- 仕事と収入が男性に偏り
という役割分担が再強化されている。
つまり、
制度がもたらす“意図せざる結果”が、
制度の理念と逆方向に働いている。
◾️本当の皮肉はここにある
制度は、
- 共働き社会を推進するために整備された
はずなのに、結果として、
- 共働き社会の逆行を生んでいる
という現象が起きている。
これは制度設計が失敗した、というより、
運用が偏ったことで、意図が歪められた
と言った方が正確だと思う。
そしてその歪みは、
- 女性に新しい負担を与え
- 男性に古い役割を押し付け
- 家庭という単位で不平等を生む
という深刻な副作用を持っている。
◾️家庭の経済構造が「制度利用=リスク」にする
さらに言えば、日本の多くの家庭では、
男性の収入が家計の屋台骨になっている
という現実がある。
この状況で男性が、
- 育休を取る
- 短時間勤務にする
- 働き方を柔軟にする
といった選択をすると、
収入が下がる可能性がある。
その瞬間に、家庭全体は不安を抱えることになる。
- 妻も不安になる
- 夫も不安になる
家庭の経済基盤が揺らぐかもしれない、という感覚は、
シンプルに恐怖だ。
そして現実として、
男性の収入減少を、女性側が簡単に補えるわけでもない。
これは女性の能力や可能性の問題ではなく、
- 社会的賃金格差
- 雇用形態の違い
- キャリアの中断
- 非正規比率の高さ
といった構造的な要因が影響している。
つまり、「夫婦どちらかが収入を欠いた場合、もう一方が補う」
という欧米的なモデルが、日本では成立しづらい。
だからこそ、
男性が制度を使うことは「個人の選択」ではなく、「家庭全体のリスク」になりやすい。
心理的にも、実務的にも、金銭的にも。
こうして制度利用は、
- 夫婦の未来に影響する決断
- 収入を危険にさらす賭け
- 家庭の安全基地を弱める可能性
として perceived(知覚)されてしまう。
その構造の前では、
誰も踏み出せない、という判断は合理的だ。
だから制度取得率は伸びない。
「やる気がないから使わない」のではなく、
「使うと家庭が危険になるから使えない」
というのが正確な理解だと思う。
◾️制度の利用率が低い理由は、怠慢や意識不足ではない
制度取得率が低い理由を、
- 男性が無理解だから
- 男性が育児に関心がないから
- 男性が保守的だから
といった“心理や性質の問題”に還元する議論もあるけど、
実際はもっと複雑で現実的だ。制度を使うことが、
- 家庭の経済基盤を揺らし
- 子どもの生活を揺らし
- 将来設計を揺らす
というリスクとして認識される以上、
それを引き受けるには「勇気」ではなく「安全性」が必要になる。
制度が健全に機能するためには、
制度を使っても家庭が揺らがない仕組み
が必要になる。
それが整わない限り、
制度は存在しても、動かない。
◾️制度が「家庭の不安」を生み出してはいけない
本来制度は、
- 家庭を守るために設計された。
でも現状では、
- 制度が家庭にリスクを与え
- 制度が家庭に不安をもたらし
その結果、
- 制度が使われない
という逆転現象が起きている。
つまり、
制度が目的と逆方向に作用している。
これは、制度の理念が悪いのではなく、
制度設計と、家庭経済の現実が噛み合っていない
という構造的な問題だ。
男性が制度を使わないのは、
- 男性が育児に関心がないから
- 男性が保守的だから
ではなく、
男性が制度を使うことで、家計と家庭に危険が及ぶ可能性があるから
だ。
この構造が残る限り、
- 制度は使われない
- 女性は制度を使い続ける
- 役割分担は固定化する
- 不平等は再生産される
つまり、
制度利用が「家庭の不利益」になる限り、制度は動かない。
それは、誰かが怠けているからではなく、
家庭のために合理的な判断をしているから。
◾️制度を使っても“損をしない設計”が最優先
本当に必要なのは、
制度が「あるかどうか」よりも、
制度を使っても損をしないようにすることだ。
男性が制度を使っても、
- 評価が下がらない
- 待遇が悪化しない
- キャリアが終わらない
これが担保されていれば、
制度を使う=家族のリスク
という構造は解消される。
つまり、制度利用が、
- 未来を削る代償
- 専門性を捨てる決断
- 家族を危険にさらす選択
ではなく、
人生の幅を広げるための選択肢
として位置づけられる必要がある。
◾️制度があるだけでは、誰も動かない
日本は制度面では大きく前進した。
育休も短時間勤務も、制度上は性別に関係なく利用できる。
ただ、現実には、
- 評価
- 昇進
- 賃金
- キャリア
といった仕組みが変わっていない。
だから、
制度利用は「権利」であると同時に「リスク」でもある。
制度が作られたことで権利が生まれたのに、
制度が使われないことで不利益が生まれる。
この二重構造の前では、
誰も積極的に制度を使わない、という判断は合理的だ。
◾️制度利用が「特別」ではなく「平常運転」になることが重要
制度が“使ってもいい”社会ではなく、
制度を“使うのが普通”の社会が必要だ。
そのためには、制度利用が
同僚の負担にならない
仕事の流れが止まらない
評価がマイナスにならない
という「平常運転」として成立している必要がある。
制度を使っても損をしない環境が整っていれば、
家族は安心して制度を勧められ
本人は安心して制度を選べて
組織も安心して運用できる
制度利用は「特別な行為」ではなくなる。
逆に言えば、
制度利用が特別である限り、制度は動かない。
制度を整備すること自体は大きな一歩だけど、
制度は「設計」ではなく「運用」で意味を持つ。
制度があるのに動かない背景には、
社会の成熟の遅れ
組織の評価設計の遅れ
家庭のリスク回避行動
が絡み合っている。
だから必要なのは、制度を作ることよりも、
制度利用を「平常運転」にすることだ。
制度が“誰も損をしない選択肢”として運用されて初めて、
制度を使っても、誰も損しない
家庭が揺らがない
キャリアが断たれない
という状態が成立する。
制度利用の本質は、
「権利の付与」ではなく
「損失の回避」
にある。
制度が安全な選択肢として保証されれば、
人は自然と制度を使うようになる。
それは制度設計の仕事ではなく、
社会設計の仕事だ。
◾️男性の家庭参加は、女性の自己実現を支える
女性の活躍やキャリア継続を本気で実現したいなら、
女性だけが制度を使い続ける社会では限界がある。
家庭で生じる負担を、女性だけが引き受ける構造のままでは、
- 制度がどれだけ整備されても
- 意識がどれだけ変わっても
- キャリア支援をどれだけ拡充しても
女性の自己実現は“構造的に”阻まれる。
なぜなら、負担が集中している側に
自己投資の余裕は生まれないからだ。
◾️男性が家庭に入る割合を増やすということ
結局のところ、必要なのは、
男性が「家庭に入る割合」を増やすこと
だ。
男性が制度を利用し、家事・育児に時間を割り、生活の設計に関与し、子どもや家庭のリアルに触れる
という実態が増えれば、
女性の制度依存が減り、
家庭負担が分散し、
キャリア継続がしやすくなる。
そして同時に、これは男性自身にとっても深い意味を持つ。
男性が家庭に時間を使うことは、
自分の「生き方を再設計する」機会になる。
長時間労働や仕事中心の生活は、
人間関係
健康
幸福度
をゆっくりと削っていく。
家庭に関与し、子どもと過ごし、日常を営む時間を持つことは、
男性にとっても「人生の喜び」を取り戻す行為だ。
だからこそ、
男性の制度利用は、女性のためだけではなく、
男性自身の人生のためでもある。
制度を使うことは、
“誰かを助けるための犠牲”ではなく、
自分と家族の人生を
長期的に豊かに設計し直す選択
という意識改革が必要なんだと強く思う。
◾️男性が制度を使うことは「個人の選択」ではない
男性が制度を使うことを、
- 善意
- 協力
- 手伝い
の延長で語ってしまうと、
“家事・育児は女性の仕事で、男性はサポート役”
という古い役割分担を強化してしまう。
そしてこれは、僕自身も長いこと抜け出せなかった。
どれだけやっても、妻から理解を得られない時期があった。
その時の僕は、
「俺は十分手伝っている」
という言葉が口をついて出ていた。
でも、この言葉が出る時点で、前提がズレていた。
なぜか。
この言葉には、無自覚に
家事・育児は“妻の仕事”で、自分は“手伝っている側”
という構図が埋め込まれている。
だから、いくらやっても、妻にとっては
「責任の一部を肩代わりしてくれた人」にしか見えない。
女性が求めているのは、
「助けてくれる人」ではなく
「一緒に背負う人」
必要なのは、
家庭という営みに、男女が「等しく責任を負う」設計
であり、
社会参加と家庭参加を、性別で分けない文化
だ。
◾️海外では「制度が使われる前提」で設計されている
海外では、育児支援制度は
制度がある
ではなく
制度が使われることが前提
で設計されている。
たとえばスウェーデンには、
父親専用の育児休業枠(パパ・クオータ)があり、父親が取らないと給付が消える。
つまり制度は、「父親が育児休業を取ることを前提」
に作られている。
そのため、
父親がベビーカーを押す
平日に子どもと過ごす
育児や家事に深く関わる
という姿が普通に見られる。
そこには、
褒める文化も
珍しがる文化もない。
育児参加が「特別な役割」ではなく、
生活の一部として根づいているからだ。
また、ノルウェーでは、育児参加のために働き方を変えた男性が
評価
昇進
待遇
で損をしないように、
制度と文化がセットで整えられている。
だから男性が制度を使うことを、
特例でも犠牲でもなく、
普通の選択肢
として扱える。
◾️海外にあって、日本に欠けているもの
海外で制度が機能する理由は、
制度が整備されているから
ではなく、
制度利用が「当たり前」と認識されているから
だ。
そこには、
制度(ルール)
文化(受容)
評価(公正)
が揃っている。
一方で日本は、
制度は整ったが文化と評価が追いついていない。
そのため、
制度を使う人が負担する構造になり、
結果として、
性別役割を解消するどころか
再生産してしまう。
◾️結論 ― 制度だけ整えても、社会は変わらない
制度がいくら整っても、
- 制度を使うと損をする
- 制度を使うと役割が固定化する
そんな社会状況が残っている限り、
その制度は「紙の上の理想」に留まってしまう。
そしてその結果、
- 女性は自分の可能性を諦めざるを得ず
- 男性は人生の選択肢を狭められる
つまり、誰も十分に幸せになれない。
問題は「制度そのものの不足」ではない。
むしろ、
制度の運用が、性別によって偏りを生む構造
になっていることだ。
必要なのは、
制度の存在ではなく、
制度利用の平等性を担保する仕組みだ。
男性が制度を使っても、
- 評価が下がらない
- 待遇が悪化しない
- キャリアが終わらない
という前提が整ってはじめて、
制度を使う=家族のリスク
という構造が解消される。
さらにその上で、
- 使用者を守る評価制度
- 育児参加を肯定する文化
- 社会全体の受容感覚
が重なり合うことで、
制度利用が「普通の選択肢」として根づく
ようになる。
働き方改革や育児支援は、制度の整備だけで完結しない。
制度を使っても損をしない設計
それを支える文化と評価
そして、それを受け止める社会の感性
これらが揃って初めて、
働き方改革は“理念”ではなく“現実”になる。
◾️最後に
制度が変わっても、男性が変わらなければ、女性の負担は変わらない。
でも、男性だけが変わろうとしても、社会が変わらなければ、男性は板挟みになってしまう。
制度を作ることは簡単だ。
制度を運用可能にすることは難しい。
評価を公正に、損をせずに制度を使える社会をつくること。
そこに、本当の課題がある。
これは女性に託す話じゃない。
男性だけに押しつける話でもない。
社会全体で向き合うべき、
静かで、深くて、重たいテーマだ。
でも、社会は一気には変わらない。
法律で変えられる部分もあれば、
時間と経験を通じてしか変わらない部分もある。
だからこそ、僕たちは、
どうすれば、みんなが損をせずに生きられるか
という問いを、生活の中で持ち続けたい。
社会は、誰かが変えてくれるものじゃない。
ひとりひとりの選択と態度が、少しずつ形を作っていく。
自分自身や、自分の子どもたち、
身の回りの人たちと一緒に、
豊かに、限りある命を生きていきたい。
愛と感謝を原動力に、今日も一日楽しもう。
ではまた。
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- ✍️2026年に静かに近づく10のリスク|政治・経済・テクノロジー・仕事とキャリアの下降トレンド地図

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