おはよう。今日も秋の空が澄み渡っている。
今日は自治会の秋祭りの準備日。町内会の本部役員として動くのも、もう2年目になる。明日は地域の恒例行事──秋祭りだ。
地域の行事に関わっていると、ふと気づくことがある。
それは、いま日本のあちこちで同じように進んでいる“地域社会の変化”だ。高齢化が進む中で、自治会という仕組みそのものが新しい局面を迎えている。
◾️高齢化の進む地域と“担い手の空洞化”
僕の住む町はいわゆる田舎だ。住民の多くは65歳を超え、75歳以上の高齢者も少なくない。人口の形を描けば、まるで逆三角形。自治会の本部役員もほとんどが高齢者で、現役世代は僕ひとりだけ。40代というだけで“若手扱い”される世界だ。
担い手不足は全国どこでも課題になっているが、地方ほどその深刻さは際立つ。若い世代が町内会を脱退したり、新しく引っ越してきた世帯が加入しなかったり──。それは単なる無関心ではない。地域との関わり方そのものに、時代のズレが生じているのだ。
◾️若者が遠のく“昭和型の慣行”と、変われない自治会の現実
若い世代が地域から離れていく理由の一つは、世代間の価値観のずれにある。
たとえば祭りの準備では、女性が料理をつくり、男性がその横でお酒を飲みながら談笑する──そんな昭和の風景が、今もあちこちに残っている。誰かを責める話ではない。むしろそれは、かつて地域をつなぎ、助け合いを育んできた「共同体の温もり」の象徴でもあった。
けれど時代は変わった。共働き世帯が増え、男女平等の価値観が定着し、休日に自由な時間を取ること自体が難しくなっている。お酒を前提にした集まりは参加しづらく、家庭の形も多様化した今、旧来のやり方は通用しにくい。そうした小さなズレが積み重なって、若い世代は「居場所がない」と感じ、町内会から静かに離れていく。
とはいえ、自治会も簡単には変われない。
いま、自治会の半数以上は定年退職後の世代で占められている。仕事を離れ、時間に余裕がある人たちにとって、自治会は“居場所”であり、“社会との接点”でもある。だからこそ、会議や行事への関わり方に熱がこもる。一方で、現役世代──特に子育て中の家庭や、共働きで休日もバラバラな家庭にとっては、同じペースで関わることが難しい。
さらに、現役世代の中でも事情は多様だ。
子育ての真っ最中の家庭と、子どもが独立した家庭とでは、使える時間も意識も違う。土日が休みの家庭もあれば、シフト勤務で平日が休みの家庭もある。生活リズムがこれほど多様化している今、全員が同じ温度で自治会に関わること自体が、もはや現実的ではない。
本来なら、役割や負担を公平に分担できるよう、柔軟で自律的なシステムが必要だ。けれど、そうした仕組みをデジタルやデータに基づいて運営できる自治会はごくわずかだ。結果として、「暇な人が担い、忙しい人が離れる」という構造が固定化し、世代と時間の格差が新たな分断を生み出している。
◾️変わるべき自治会、変われない現実
自治会も変わらなければならない。
僕は、お酒のために使われてきた予算を、もっと“地域の魅力”になるようなイベント費に切り替えようと提案した。たとえば、子どもたちへのサプライズ企画や、地域のお店・ステージ出店など、誰もが笑顔になれる方向に使うべきじゃないかと。お酒を飲みたい人は、自分のお金で楽しむか、希望者のみの会費制にすればいい──そう話した。
しかし、高齢の幹部たちからはすぐに声が上がった。
「祭りで酒がないなんておかしい」「酒がなきゃ本音も語れん」──まるで決まり文句のように、一蹴された。
その瞬間、まわりの女性たちが静かに固唾をのんで見守っていたのを覚えている。長年、心のどこかで同じ思いを抱いていながら、言えずにきた人たちだったのかもしれない。
けれど結局、結論は変わらなかった。
年長者たちが最終的な決定権を握る自治会では、どれほど良い提案でも流れを変えることは難しい。
「変えたい」と「変わらなくていい」の力が拮抗したまま、同じ形が今日も続いていく。
それが現実だ。
これがまさに、“アップデートされない”がゆえに新しい世代が次々と離れ、やがて維持が難しくなっていく自治会の典型例だ。
とはいえ、すぐに変われない気持ちも理解できる。人は、自分の生きてきた時代を、簡単には手放せない。だからこそ、変化は急ではなく、少しずつ──時代の流れとともに移り変わっていくものなのだ。
もちろん、自治会の運営は地域の自律的な調整に委ねるのが基本だ。
けれど、こうした“社会の構造的な過渡期”においては、国や行政が一定の方向性を示すことも大切だと思う。たとえば、変遷モデルや課題解決モデルのガイドラインを提示することで、全国の自治会が参考にできるようにする。
そうした取り組みがあるだけで、若い世代は安心して声を上げやすくなる。
「自分たちの意見にも居場所がある」と感じられれば、地域に関わる意欲は少しずつ戻ってくる。
小さな変化の積み重ねこそが、地域を未来へつなぐ力になる。
でも、結局のところ、自治会の集まりっていうのは捨てたもんじゃない。
おっくうに感じることもあるけれど、実際に顔を合わせて話してみると、やっぱり楽しい。世代の違う人たちと話すことで、自分の知らない価値観や生き方に触れられるし、同世代の近所の人たちとも自然に打ち解けていける。
結局、そこには温かさがある。いざというときに助け合える“人のつながり”がある。
自治会は面倒な組織なんかじゃなく、ただ単に楽しいコミュニティなんだと思う。
だからこそ、この温かい場を守り抜くために、お互いの時代を理解し合い、共感し合いながら歩んでいくことが大切なんだ。
◾️常に時代の過渡期に生きる僕ら
いま、地域社会はまさに“世代交代の過渡期”にある。
完全に世代が入れ替われば、形は自然と変わっていくだろう。けれど今はまだ、その途中段階。古き良き価値観と、新しい時代の感覚がせめぎ合い、互いの歩幅を探している。
自治会に限らず、同じことは社会のあらゆる場所で起きている。
職場でも、家庭でも、学校でも。どの現場にも「昔ながらのやり方」と「これからのやり方」がぶつかり、混ざり合いながら、次の形を探している。
だからこそ、僕らに必要なのは「批判」でも「諦め」でもない。
互いの違いを理解しながら、少しずつ共にアップデートしていく姿勢だ。
変化は一気には起きない。でも、誰かが声を上げ、誰かが共感し、誰かが行動を始める。
その小さな循環こそが、社会を静かに動かしていく。
変わることを恐れず、変わらないことを責めず、時代の流れと共に生きる。
その中で、僕ら一人ひとりが“次の世代へつなぐ橋”になる。
たとえ小さくても、その一歩が、地域や社会を少しずつ前に進めていく力になると信じたい。
さて、そんなことを思いながら、今日も一日を過ごしていきたい。
社会が変わっていくように、地域も、そして自分自身も少しずつアップデートしていく。古いものを否定せず、未来にも閉じこもらず。語り合い、支え合いながら、新しい“つながり”の形を探していこう。
さあ、今日も僕たちは、それぞれの場所で懸命に生きている。
同じ空の下で、心はひとつだ。
家族よ、愛するすべての人たち、いつもありがとう。