日々のことば(ブログ)

✍️「南海トラフ70%」──迫る巨大地震と日本社会に残された課題

おはよう。今日もいい天気。空気がひんやりして、もはや秋の始まりを強く感じる朝だ。季節が移ろうように、僕らの暮らしや社会も日々変化していく。最近はその中でも「地震」への不安が、じわじわと多くの人の心に広がっている。ニュースやSNSを開けば、揺れや異変の話題がすぐ目に入る。備えなければと思いながらも、具体的に何をすべきか分からないまま過ごしている人も多いはずだ。だからこそ今日は、地震について今何が分かっているのか、そして僕らはどう向き合うべきかを、できる限りわかりやすく整理して綴ってみたいと思う。

◾️地震の仕組みと地球規模の現象

地震の正体は、地球規模で繰り返されるプレートの動きにある。日本列島は、ユーラシア、北米、太平洋、フィリピン海という4つの巨大プレートがぶつかり合う世界でも特異な場所に位置している。大陸プレートの下に海洋プレートが沈み込むとき、地面は目に見えないほどゆっくり押し合い、少しずつ歪みをため込んでいく。例えるなら、強く曲げたバネが限界を超えて弾ける瞬間、そのエネルギーが解放されるのと同じだ。これが地震だ。地球規模で見れば、内部の熱を外に逃がす「呼吸」のような営みの一部にすぎない。しかし僕らの目から見れば、その一息が都市や暮らしを一瞬で揺さぶり、時に壊滅させる力を持っている。

◾️南海トラフ地震という切迫した脅威

僕もつい検索してしまうキーワードだが、今日本で最も注目されているのが「南海トラフ巨大地震」だ。フィリピン海プレートが紀伊半島から四国沖、九州沖にかけて沈み込むこの海域では、過去およそ100年前後の周期で巨大地震が繰り返されてきた。政府の推計では、今後30年以内に発生する確率は70〜80%とされている。もし起これば、東日本大震災に匹敵、あるいはそれ以上の津波が太平洋岸を広く襲い、数十万人単位の避難が必要になる。沿岸の高速道路や港湾、発電所といった生活の根幹を担うインフラが、一瞬で麻痺する可能性も高い。場合によっては、僕自身も、大切な子どもたちや家族、そして職場までもが、一瞬で未来を失うかもしれない。僕の目には「これは過去の話ではなく、未来の“現実”だ」と映っている。

◾️日本列島を揺るがしてきた歴史の記憶

日本人の心に「地震への恐れ」が根付いているのは、繰り返し襲ってきた歴史の記憶があるからだ。1707年の宝永地震では南海トラフ全域が動き、津波が村を飲み込み田畑を荒廃させた。1946年の昭和南海地震では、戦後間もない四国や近畿沿岸で家や漁港が壊滅し、1300人以上が命を失った。そして2011年の東日本大震災では、先端技術を誇った現代社会ですら無力化された。

僕自身もその日、霞ヶ関のビル高層階にいて閉じ込められ、命の危険を覚えるほどの恐怖を味わった。ようやく外に避難し、日比谷公園で第二波の揺れを体験したとき、周囲の高層ビルが大きくしなりながら揺れている光景に震え上がった。さらに、リアルタイムで流れる津波の映像を目にして、心底震撼したのを覚えている。その日は都市機能が麻痺し、交通も途絶して帰宅困難となり、自宅に戻れず家族に会えない不安の中で夜を過ごした。

だが、僕がこうして生き延びて語れているのは偶然にすぎない。実際にはあの日、東北地方の多くの人が津波にのまれて命を落とした。街ごと流され、数万人規模の暮らしが一瞬で奪われた。生き残った人々も、家族と連絡が取れぬまま、凍える寒さと飢えに直面するしかなかった。

さらに福島第一原発の事故では、津波によって電源が失われ、放射性物質が大気中や海へと放出された。直接の被害だけでなく、故郷を追われ長期避難を余儀なくされた人々、今も帰還できない地域──地震の災禍は、命だけでなく日常と社会の根幹をも壊してしまった。

こうした出来事を思い出すたびに、僕は「地震は必ずまた起きる」という現実を突きつけられる感覚になる。

◾️前兆現象と予測技術の可能性と限界

近年、南海トラフ周辺で「ゆっくり滑り現象」と呼ばれる動きが繰り返し観測されている。これは数日から数週間かけて断層が少しずつ動く現象で、揺れを感じることはほとんどない。けれども地中では目に見えないエネルギーの押し合いが進んでいる。研究では、大きな地震の前にこの滑りの周期が短縮したり規模が拡大したりする傾向も報告されている。僕はこれを知るたびに「断層にもかすかな呼吸や前触れがあるのかもしれない」と感じる。

ただし、こうした現象をもって「いつ・どこで・どの規模の地震が起きるか」を正確に予知することは、いまの科学でも不可能だ。観測網やAI解析の研究は進んでいるが、確実性はまだ低い。それでも「発生しやすい地域や時期」をある程度絞り込み、防災訓練や避難計画に活かすことはできる。完全な予知は望めなくても、被害を減らすために最善を尽くすことはできる。未来の防災は、この予測研究をどう社会に生かすかにかかっている。

◾️日本が整備してきた警報システム

日本が誇るのは「緊急地震速報」だ。わずか数秒でも新幹線を止め、工場を止め、子どもが机の下に潜り込む時間になる。あの警報音を聞くと、僕自身も胸がざわつく。その数秒で助かる命がある。

近年は、誤報や過小評価を避けるために基準が見直され、震度5弱以上の揺れが予測される場合に一斉配信する仕組みが導入されている。2023年以降はAIや新しい演算手法を取り入れ、より早く・正確に通知できるよう改良が進んでいる。基準を緩和して「多少外れても早めに出す」方向に動いているのは、迷惑よりも「一秒でも早い避難行動」を優先するためだ。

ただし直下型地震には間に合わない限界もある。それでも「数秒の命綱」を手にできる技術を持つ国に生きていることは、幸運だと僕は常々思っている。

◾️社会に広がる不安と地域ごとの脆さ

最近、SNSやニュースでは「地震雲」や「動物の異常行動」といった投稿が話題になる。科学的な根拠は乏しいと分かっていても、それに注目する人が多いのは、それだけ不安が社会に広がっている証拠だ。僕はそうした記事を見ると、「心配は強いのに、実際の備えはまだ追いついていない」という今の社会の姿を感じる。

その不安は都市にも地方にも、それぞれ違うかたちで現れている。大都市では、火災や帰宅困難者が同時に発生し、数百万人が一斉に足止めされる危険がある。地方では高齢者が多く避難に時間がかかり、津波や土砂崩れに直結する集落では避難経路が一つしかないことも珍しくない。僕は「都会だから安心」「田舎だから大丈夫」とは到底言えないと思う。それぞれの地域が違う脆さを抱えているのだ。

◾️地震発生時にできること、できないこと

地震を止めることはできないし、いつ起きるかを正確に言い当てることもできない。けれども被害の大きさを変えることはできる。自宅ならまず机の下に潜り、頭を守ることだ。大きな揺れでは家具や照明の落下が最大の脅威になる。外にいるならブロック塀や自販機から離れる。実際に過去の地震では、倒壊物に巻き込まれて命を落とす例が少なくなかった。学校や職場では、避難経路を普段から確認しておくことが迷いをなくし、数秒を生死の分かれ目に変える。

そして、最低3日分の水と食料を備えることは欠かせない。震災直後はコンビニやスーパーが一瞬で空になり、物流も止まる。救助や支援がすぐに届かないことを前提にして、自分と家族を守る準備をしておくしかない。こうした小さな備えの積み重ねこそが、未来の自分や家族の命を助ける力になる。

加えて、家具を固定することは、揺れそのものよりも恐ろしい「倒れてくる家具による圧死」を防ぐために欠かせない。避難所まで実際に歩いてみれば、段差や狭い路地、夜間の暗さなど、机上では分からない障害に気づける。家族と集合場所を決めておけば、連絡が途絶えたときでも混乱せず合流できる。こうした小さな行動の積み重ねは、揺れを防ぐことはできなくても、生き延びる可能性を確実に高める。できないことを嘆くより、できることに力を注ぐ。僕はその姿勢こそ、地震大国で生き抜くための現実的な力だと思っている。

◾️家族と考えた我が家の備え

僕の家でも子どもたちと一緒に「もしもの時」を想定して話をしている。たとえば寝ているときに揺れたら、誰が小さな子を抱えて逃げるのか、何を持ち出すのか。リビングで揺れたら、どの出口から出るのか。そんな場面を一つひとつ確認する。非常食を一緒に買いに行ったり、停電を遊びの延長でシミュレーションしたりすることもある。そうした体験を通じて、子どもが「怖いけど、自分にもできることがある」と感じられるのは、大きな学びになっているはずだ。

さらに、離れて暮らす家族とも安否確認の方法を話し合っておくことが必要だ。携帯がつながらないときのために、SNSやメールに加えて、公衆電話や災害用伝言ダイヤルの使い方も確認している。物理的に一緒に避難できなくても、心のつながりを信じ合うことはできる。ただ、合流場所や再会の方法など、まだ決めきれていない部分も多い。

離れて住んでいると、家族とはいえ危機感の温度差や考え方の違いがあるから、全員が同じように備えに向き合えるとは限らない。だからこそ、日常の中で少しずつでも話題にして、対話を重ねていくことが大切だ。僕はその積み重ねこそが「家族の防災」だと思っている。

◾️日本社会と私たちに残された課題

国や自治体の制度が整っても、最後に命を守るのは家庭と個人だ。家具を固定していない家、備蓄がない家はまだ多い。高齢者や障害のある人が避難する際、地域によってはサポート体制が整っておらず、避難所までたどり着けないまま孤立するケースも想定されている。離れて暮らす家族に期待しても、現実にはそれぞれがいっぱいいっぱいで、すぐには対応できない可能性が高い。だからこそ、それぞれが自分で安全を確保できる環境を整えておく必要がある。

加えて、日本社会には構造的な課題も残されている。都市部では老朽化した橋や上下水道などインフラの耐震化がまだ十分ではなく、一度途絶すれば都市機能が長期間止まるリスクがある。地方では地域コミュニティの担い手が減り、単身高齢者が孤立するケースが増えている。さらに、情報の入手手段がスマホやネットに偏る中、高齢者や停電時には肝心な速報や避難情報が届かない「情報格差」も深刻だ。避難所にしても、物資不足やプライバシーの欠如、感染症対策など現実的な課題は山積している。

僕は、こうした一つひとつの課題に目を背けず、「地震は遠い出来事ではない」という意識を持つことこそ、最大の防災だと感じている。

さて、今日もそんなことを考えながら一日過ごしていきたい。地震は、今日にも起こり得る切実な現実だ。イメージしておくことは大切だし、何も準備しないよりも必ず違う結果になる。これは自分と大切な家族を守るため。そのために僕は最善を尽くしたい。命は一つひとつが尊く、どんな状況になっても守り抜きたい。愛してる。今日もありがとう。


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松永 修 – MUSICおさむ

松永 修/音楽名義:MUSICおさむ(シンガーソングライター)/音楽と文章の作家/国家公務員/キャリアコンサルタント

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