日々のことば(ブログ)

✍️カウントダウンが始まった夏──ファミリープールと、僕の歩いてきた道

おはよう。今日もいい天気。三連休の最後の日。祝日ってだけで気分が軽い。だけど昨日はプールに行ったせいで、朝から体がだるい。40を超えると一日じゃ回復できない。まあそれもまた人生の味わいだ。

昨日は市民プール──通称ファミリープールに行ってきた。広島市中区の中央公園内にある、あのプールだ。僕らの青春と家族の記憶が詰まった、あの場所。

◾️ファミリープールは僕の2歳年上──人生を共に歩んだ存在

ファミリープールが開園したのは1979年。僕が生まれたのは1981年。つまり、このプールは僕の2歳年上。僕の人生と重なるように、その存在はずっと身近にあった。

幼少期には家族に手を引かれて通い、中高生の頃は友達とふざけ合い、大学時代には仲間と笑い合い、大人になってからは自分の子どもたちと通った。まさに人生の季節すべてをこの場所と共にしてきた。

◾️「終わり」はまだ先だけれど──2026年で閉園へ

広島市はこのファミリープールを2026年の夏で閉園する方針を決定している。老朽化に加え、夏季限定でしか稼働しないという運営効率の問題、そして中央公園という一等地の活用価値の再評価が背景にある。実際、再整備計画では「年間を通じて子どもが楽しめるこどもゾーン」への転換が予定されており、2028年に新施設が開業する見通しだ。

プールの機能は一部残されるという話もあるが、今の姿のファミリープールには、あと2度の夏しか残されていない。カウントダウンが始まった──そんな感覚だ。

◾️宇品のナタリー──“夢の巨大船”とループコースターの衝撃

廿日市市の阿品にあった「ナタリー」も忘れられない存在だ。プールの中に巨大フェリーの模型が置かれていて、子どもにとってはまさに非日常。水の中に本物そっくりの船があるというインパクトは、いま思い出しても胸が高鳴る。僕の浮き輪が流されないように、父がそばでずっと支えてくれていた。笑い合いながら、姉兄やママと一緒に、流れるプールをぷかぷかと浮かんで流れながら──あの巨大な船を眺めていた記憶が、今も鮮明に心に残っている。

そして、海に面したあの遊園地には、一回転ループのジェットコースターもあった。今でこそ「安全基準に合わない」とされそうな造りだったけれど、あのスリルは広島の子どもたちにとって“冒険”そのものだった。時代とともに遊園地は先に閉鎖され、最後まで残ったプール部分も数年前に静かに姿を消した。

◾️チチヤス(チューピープール)──波のプールと三段の滝

廿日市にあったチューピープール(旧称チチヤス)も、僕の中では忘れられない聖地だ。まさに青春時代のど真ん中にあり、僕のすべての青春の記憶と絡み合っている。ここなしでは、自分の夏も、自分の人生も語れないと思えるほど、大切な思い出が詰まっている。あの人とも、あいつらとも、子どもたちとも、たくさんの時間を過ごした。そういえば、禁煙を決意したのも、あの日だった。

特に波のプールは圧巻だった。一定時間ごとに人工的に波が発生し、本物の海のように揺られながら遊べた。

そして、伝説的だったのが「三段の滝」と呼ばれる一直線のハイスピードウォータースライダー。三段の滝のように急斜面を一気に滑り降りるその構造は、他に類を見ないスリルを与えてくれた。早々に安全上の理由で廃止されてしまったが、あの緊張感こそが青春だった。

さらに、3.5メートルを超える深いプールも存在していた。潜って遊ぶにはもってこいだったが、これもまた安全性の問題で姿を消した。それでも波のプールやウォータースライダーは最後まで生き残り、多くの人々を楽しませてくれた。けれど、そのチューピープールも──ついに昨年、静かに幕を閉じた。

◾️唯一生き残る「みろくの里」──なぜ残れたのか

なぜ残れているのか。答えは明快だ。夏だけに頼らない収益構造、そして遊園地機能による多目的化。経済合理性とエンタメ性の両立を図った結果、地域における“選ばれる場所”としての地位を保ち続けている。

もうひとつ大きいのは立地の問題だ。福山の「みろくの里」は市街地からやや離れた山間部にあり、広大な敷地を維持しやすい環境にある。地価も都市部に比べて抑えられており、管理や設備投資の面でもコスト的に有利だ。そうした“ロケーションの自由度”もまた、この場所が生き残れている理由のひとつなのだと思う。

ただ、施設の老朽化という問題は、みろくの里にも例外なく迫ってきている。それに加えて、少子化や人口減少、業況の変化、そして“夏にプールで遊ぶ”という文化そのものの移行といった、構造的な課題は避けられない。どこかのタイミングで、改修か撤退か、早かれ遅かれ大きな決断を迫られる状況にあることは間違いない。

◾️全国的に進む“大型プールの終焉”という流れ

この流れは、広島に限ったことではない。全国的にも、大型のレジャープールはこの20年ほどで次々に閉鎖されてきた。理由は主に以下の三点に集約される。

・建設から30〜40年を経ての老朽化と更新コストの増大

・少子化と家族構成の変化による利用者数の減少

・人手不足や気候変動による夏季運営のリスク増

加えて、コロナ禍による「3密回避」やコストカットの流れが拍車をかけ、自治体運営のプールは縮小や転換を余儀なくされている。かつては“夏の象徴”だった場所が、いまや“構造改革の対象”になっているというのが、現代のリアルだ。

◾️「思い出を更新する夏」へ──ラストサマー前の2年間をどう過ごす

ファミリープールには、あと2回の夏がある。今年と、来年。いまこそ、最後の記憶を刻むときだ。ただ「寂しい」と嘆くだけじゃなく、「今を一緒に楽しむ」ために、今年も2回目、3回目と行きたい。来年も行きたい。

写真に撮り、子どもたちと笑い合い、あの水の感触を心に残したい。

◾️生きている今が一番懐かしい──そう思えるように

ファミリープールは、ただの施設じゃない。

それは「僕がどんな人生を歩いてきたか」を思い出させてくれる、いわば人生のタイムカプセルだ。だから、別れは寂しい。でも、新しい場所ができることは希望でもある。

そして、今も子どもたちと笑っていられるこの瞬間が、数年後には「懐かしかったね」と話せる日になる。そう思える今を、大切にしていきたい。

さあ、今日もそうやって、暑さを感じながら一日を過ごしたい。

こうやって一つひとつの歴史が幕を閉じていくのを見届けながら、また新しい時代が始まっていく。僕もその中を歩いていく。

一つの時代に生きて、一つの時代の子どもたちや家族、仲間たち、そしてこの世界と、同じ空を見て生きている。

そのことが、ただただ、うれしい。楽しい。みんな、愛おしい。

この時代に共に生きた家族、子どもたち、みんな愛してるよ。楽しいね。本当に楽しいね。愛おしいよ。

それだけで十分だ。それだけで、もう幸せだった。

今日も同じ空の下で生きている。心はいつも、となりにある。心ひとつ。バイバイ。


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松永 修 – MUSICおさむ

松永 修|MUSICおさむ|国家公務員|キャリアコンサルタント|作家・メディアクリエイター/音楽クリエイター(シンガーソングライター)|IT・AI設計・コンサルタント

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