おはよう。今日は雨上がりの朝。空はまだ曇っているけれど、鳥の声がやけに優しく響いている。こういう朝は、少し立ち止まって、自分の中の“当たり前”を見つめ直したくなる。人との関係、言葉の使い方、そして態度。その中でも、いちばん近くて、いちばん見落としやすいのが「親子」だと思う。
親も子も、それぞれの立場から一生懸命生きている。でも、近すぎる関係だからこそ、言葉や態度がすれ違ってしまうことがある。今日は、そんな親子の絆において、見過ごされがちな“言葉と態度のあり方”について話したい。
◾️親である前に、人としてどう向き合うか
僕は子宝に恵まれ、長い年月、幼少期から思春期まで、いろんな段階の父親をやってきた。もっと言えば、僕自身も両親の子どもを何十年もやってきた。つまり、親としても子としても、ずっと“親子の関係”の中で生きている。
だからこそ分かるのは、親子って、本当に奥が深いということだ。どれだけ年を重ねても、学びが終わることはない。子どもが成長するように、親も成長していく。
その中で僕が痛感したのは、「親だからといって、何でも許されるわけではない」ということ。むしろ、親子だからこそ気をつけなければならない言葉や態度がある。愛しているがゆえに、つい気を抜いてしまう。
近しい存在であるがゆえに、無意識のうちに“雑な言葉”や“上からの態度”になってしまう。それが、どんなに正しい内容でも、子どもの心には“命令”として届いてしまうことがある。
そして、そこには時代の変化もある。昭和の頃は、親が絶対的な存在で、厳しい口調や一方的な叱責も「しつけ」として当たり前だった。
「おい」「お前」「あんた」──そんな言葉も、当時は“普通”だった。でも今は違う。子どもたちは、もっと感情に敏感で、言葉の温度を感じ取る。時代が変わり、価値観が変わり、親子のコミュニケーションも変わってきている。
親が昔の感覚のままでいると、そこにすれ違いが生まれる。だからこそ、僕たち親も時代に合わせて、自分の言葉や態度を更新していく必要がある。
「呼び方」だけではない。親の態度や表情、感情の扱い方にも気をつけたい。叱ることと怒ることは違うのに、疲れていたり、焦っていたりすると、つい感情のまま怒ってしまうことがある。他人との関係なら慎重に言葉を選ぶ場面でも、子どもには平気で感情をぶつけてしまう──そんな罠がある。親子は近すぎるから、境界が曖昧になりやすい。だからこそ、意識して立ち止まり、「これは叱っているのか、それとも怒っているのか」と自分に問うことが大切だ。
そしてもう一つ。子どもの自律性を待つ姿勢も忘れてはいけない。親が先回りしすぎたり、正解を押しつけたりすると、子どもは“自分で考える力”を育てにくくなる。たとえ時間がかかっても、失敗を通して学ばせる余裕を持ちたい。見守ることは、放任ではなく“信頼”だ。
時代に流されるということではなく、子どもが生きている“今”にちゃんと寄り添うこと。その姿勢が、言葉にも態度にもにじみ出る。だからこそ、親である前に一人の人間として、相手の尊厳を感じながら話すことが大切なんだと、僕は何度も学ばされてきた。目線をそろえ、敬意をもって話すだけで、伝わる温度がまるで違ってくる。
◾️愛しているのに、尊重していないことがある
これが一番つらい真実だと思う。親はみんな、子どもを心から愛している。だけど、愛しているのに尊重していない──そんな瞬間がある。
気づかないうちに、愛が「支配」や「命令」にすり替わってしまう。「子どものため」と思って言っている言葉が、実は「自分の安心のため」になっていることもある。それを“教育”だと思い込んで続けてしまうと、知らず知らずのうちに、子どもの世界が息苦しくなる。
たとえそれが正しいことであっても、伝え方次第で心の受け取り方はまるで違う。命令口調や押しつけ、感情的な言い方ではなく、優しく、促し、自分で気づけるように導く。その中で「自律性」を信じて待つこと。そして、子どもを一人の人間として尊重すること。
簡単に言えば、“子どもをなめない”ということ。「そんなつもりはない」と思っていても、言葉や態度の端々に、それがにじむことがある。他人には決してしないような言い方を、子どもには平気でしてしまう──そんな罠だ。でも、相手が子どもであっても、人としての尊厳は変わらない。
子どもは環境を選べない。親を変えることもできない。家は、逃げられない場所だ。だからこそ、親の言葉や表情、叱り方、ため息のひとつひとつが、小さなストレスとして積み重なっていく。
それでも子どもは、親を嫌いにはなれない。なぜなら、世界で一番大切で、愛している人だから。だからこそ、これは大げさな話ではない。むしろ、愛情深い家庭ほど起こりやすい。“愛のつもり”で、傷つけてしまう構造がある。
◾️どうしてそんなことが起きてしまうのか
それには、いくつかの背景がある。どれも“悪意”ではなく、“人としての限界”から生まれるものだ。
まず、時間のなさ。現代の親は、仕事、家事、生活、育児──すべてを同時にこなしている。心理学で「認知資源」という言葉がある。人間の集中力や判断力、共感力には“残量”があり、それが減ると、他者への思いやりが鈍る。余裕がないとき、言葉が荒くなるのは自然なこと。でもその時こそ、「悪気はなくても伝わるものは鋭い」という自覚が必要だ。
次に、願望の強さ。「こうなってほしい」「失敗してほしくない」という思いが強いほど、口調は厳しくなる。それは愛情の裏返し。けれど子どもからすれば、“願い”は“否定”に聞こえる。心理学ではこれを「期待の圧」と呼び、“良くなってほしい”という思いが、自己肯定感を削ることがある。
さらに、経験の差からくる決めつけ。「自分の時代はこうだった」「こうすればうまくいく」──それは親の経験知だけど、子どもが生きる時代はもう違う。教育心理学では「世代間投影」という。つまり、親が“自分の過去”を子どもに投影してしまう現象。そこに気づけるだけで、会話のトーンが変わる。
そして最後に、親自身の疲れや不安。本当は子どもを責めたいわけじゃない。ただ、誰かに「分かってほしい」という気持ちが満たされないまま、最も近くにいる“安全な存在=子ども”に向かってしまうことがある。心理学ではこれを「転位」と呼ぶ。つまり、心の疲れや怒りのはけ口が、無意識に愛する人に向かってしまう現象だ。(似た言葉に「転移」があるが、あれは“過去の誰かへの感情を、今の誰かに重ねてしまう”という、少し違う心理の働きである。)親だって、人間だから。完璧ではない。だからこそ、気づけることが大切なんだと思う。
そして、ここにも時代の変化が関係している。昭和の頃は、親が絶対的な存在で、厳しい口調や一方的な叱責も「しつけ」として当たり前だった。子どもが親に意見するなんて考えられなかったし、「親の言うことは絶対」だった。そうした時代背景の中では、親の威厳こそが教育の中心にあった。
でも、今はもう違う。子どもたちは情報の中で育ち、感情にも敏感で、言葉の温度を正確に感じ取る。社会全体が“上下関係”ではなく“対話”へとシフトしている時代だ。
それなのに、親だけが古いままの感覚にとどまっていると、そこにズレが生まれる。つまり、時代が変わったのに、親がアップデートされていない──ここに多くのすれ違いの原因がある。「昔はこうだった」という正しさを持ち込むことは、もはや教育ではなく、押しつけに近い。
子どもたちは、いまこの瞬間を生きている。だから、親もその“今”に合わせて、自分の関わり方を変えていく必要がある。時代錯誤の“愛し方”では、どれほど愛していても伝わらない。
本当に大切なのは、“変わる勇気”を持ちながら、子どもと一緒に今を生きること。それが、親としての成長であり、世代をつなぐ新しい“愛のかたち”なのだと思う。
◾️言葉より先に届くのは「態度」
ここで、すごく重要なことを伝えたい。わかっているようで、つい忘れてしまう。でも、思い出すたびに「そうだった」とハッとすることがある。
それは、人の印象を決めるのは、言葉よりも“非言語”の部分だということ。心理学でも、言葉の内容よりも、声のトーンや表情、姿勢といった“態度”のほうが、相手に強く影響するとされている。
たとえば有名な「メラビアンの法則」では、言葉の内容が7%、声のトーンが38%、表情や態度が55%──つまり、コミュニケーションの9割近くが、言葉以外で伝わっているという。
どんなに正しい言葉を選んでも、声が荒かったり、目が怒っていたりすれば、それは“恐怖”として届いてしまう。逆に、「叱って」いても、表情が柔らかく、声に優しさがあれば、子どもはちゃんと“愛”として受け取る。
言葉は、心の態度で中身が変わる。その言葉をどんな気持ちで発したか──それこそが、子どもの心に届く“本当のメッセージ”なんだと思う。
◾️呼び方ひとつで「心」はすれ違う
もう一つ、大切にしたいことがある。それは、一人称や呼びかけ方だ。
「お前」「あんた」「おい」──その一言で、どんなに優しい内容も一瞬で届かなくなる。親からすれば軽い冗談や口癖のようなものでも、子どもにとっては“人格を下げられる音”として響いてしまう。たったそれだけで、心の扉が閉じてしまうことがある。
しかもこの呼び方の問題は、とても厄介だ。言われた側は、嫌でもなかなか指摘できない。「お前って言わないで」なんて、親や上司、先輩には言いづらい。
だからこそ、言う側は気づかないまま、知らず知らずのうちに距離を置かれてしまう。
つまり、本人は悪気もなく、むしろ愛情のつもりでも、結果的に損をしている。もしかすると、古い時代の感覚で「年長者としての威厳を保ちたい」「親としての存在感を示したい」と思っているのかもしれない。けれど今の時代、そのやり方はもう通用しない。むしろ逆効果だ。尊敬ではなく、反発を生む。信頼ではなく、警戒を生む。
そして恐ろしいのは、そうした人が“自分はちゃんと向き合っている”と思い込んでいること。つまり、気づかないうちに嫌われているという現実だ。これが今の時代の“見えない壁”だと思う。
シンプルに言えば、今の時代では、それが「ムカつく」言葉なのだ。たとえ親子でも。ようは、他人に言われて嫌な呼び方は、子どもにも使わないということ。そこに上下も、例外もない。
どんなに多忙でも、どんなに叱る場面でも、ちゃんと名前で呼ぶ。それが最低限の敬意であり、最大の愛情だと思う。
名前には、親がその子に願いを込めてつけた意味がある。「○○」と呼ぶたびに、親はその願いを思い出す。そして子どもは、“自分は対等に、そして人として尊重されている、大切にされている”と感じる。
呼び方は、言葉の入口。そこに敬意があるかどうかで、会話全体の温度が変わる。だからこそ、「お前」ではなく、名前を呼ぶこと。それだけで、家庭の空気はやさしく変わっていく。
◾️完璧じゃなくていい。ただ、自覚してほしい
親だって人間だ。感情が爆発する日もあるし、余裕を失う時もある。誰だってそうだ。完璧でいられる親なんていない。でも、間違えたときは、素直に「ごめん」と言えばいい。それだけでいい。謝れる親は、子どもにとって“最も信頼できる大人”になる。子どもはその姿を見て、「大人も間違える」「それでも関係は壊れない」と知る。
僕は、「愛してる」と言うよりも、「ごめん」と言えるほうが、ずっと深い愛の形だと思う。それを重ねることで、子どもは“愛はやさしさで守るもの”だと学ぶ。謝ることは、負けることじゃない。心をひらくことだ。
ほんの少しの“気づき”で、すべてが変わる。人の脳には「ミラーニューロン」という働きがある。相手の表情や声のトーンを鏡のように感じ取り、同じ感情を生み出す神経の仕組みだ。親が穏やかでいれば、子どもの脳も穏やかになる。怒鳴れば、子どもの心も緊張し、反射的に防衛モードに入る。
つまり、親の表情ひとつ、声の響きひとつが、家庭の空気を決めている。たった一つの優しい言葉、柔らかな視線が、家庭のストレス構造を根本から変える。その変化は、子どもを救うだけでなく、親自身の心も救っていく。
▪️最後に──今、少しだけ胸に手をあててみてほしい
もしかしたら、心あたりがあるだろうか。呼び方、態度、非言語のサイン、子への認識や関わり方。自分が逆の立場だったら、どう感じるだろう。嫌な思いをさせてはいないだろうか。
愛しているだろう。それは疑いようもない。でも、愛しているという気持ちだけでは足りないときがある。愛しているからこそ、もう一歩、意識して向き合ってほしい。
無意識のあなたの言動が、子どもをびくつかせたり、がっかりさせたり、小さなストレスを与えていることがある。それは、ほんのわずかな表情や、ため息、声のトーン。子どもは敏感に受け取っている。
誰も完璧じゃない。だからこそ、少しだけ立ち止まって、心の中で「ごめんね」とつぶやいてみてほしい。声に出さなくても、子どもは感じ取る。そしてその瞬間、親子の空気がふっと柔らかくなる。
大切なのは、完璧になることではなく、気づくこと。少しずつでいい。意識すれば、認知が変わり、認知が変われば、行動も変わる。その連鎖が、家庭の優しさを作っていく。
愛しているのに、傷つけていたことに気づけた瞬間こそ、本当の意味での“親の成長”だと思う。僕自身、何度もそうやって涙を流しながら学んできた。そして今も、その気づきを糧に、“親であること”を続けている。
さて、今日もそんなことを思いながら一日を始めていこう。日々の小さな楽しみも──どれも本当は、誰かとの愛や絆の上に成り立っている。子どもの笑顔、家族の支え、誰かに見守られているという安心。それがあるからこそ、人は前を向いて頑張れる。
あなたの頑張りの根っこには、きっと誰かへの愛がある。そしてその愛がある限り、人生は何度でもやり直せる。
本末転倒にならないように、大切なものほど意識して守っていこう。誠実に、まっすぐに、優しく。それがきっと、子どもにも、まわりの人にも伝わっていく。
さあ、今日もそれぞれの場所で、みんなが一生懸命生きている。愛を確かめ合い、絆を深め、誰かを思いながら生きている。その姿が、もうすでに美しい。
今日もありがとう。同じ空の下で、心はつながっている。
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