日々のことば(ブログ)

✍️敬老の日に寄せて──家族を思う静かな時間

おはよう。今日は連休5日目。明日から仕事だ。3日前から少し体調を崩していて、なぜか寝ても寝ても体がしんどい。少し無理すると頭が痛くなるし、軽い風邪をひいたのかもしれない。でも重症ではなく、休養を取れば回復できる程度だ。連休だから色々なところに出かけたけど、1日の後半になるとやっぱりヘトヘトになって、思ったほどのパフォーマンスは出せなかった。だから今日は、明日に備えて体調を全力で整えたい。

閉塞性無呼吸症候群でC-PAPを使い始めて1ヶ月半。最初は違和感もあったけど、ようやく慣れてきて、睡眠の質が確かに向上しているのを実感している。ただ、肩が凝るなどの負担もゼロではない。それでも、つけないよりは格段に呼吸が楽になり、眠りが深くなった。今日こそは無理をせず、静かに体を休めよう。遊びすぎた身体には、それが一番の薬だ。

だから今日は、小難しい考察はやめて、日記のように心に浮かぶことを素直に綴りたい。

さて、今日は敬老の日。おじいちゃんおばあちゃんを敬い、長寿を祝う日だ。僕は町内の父会の役員をしていて、この地域の高齢者にギフト券を配る準備をしていた。日本では昭和22年、兵庫県で「としよりの日」として始まり、その後全国に広がって「敬老の日」となった。現在は9月の第3月曜日に定められている。誕生日以外にも感謝を伝えるきっかけをくれる祝日はありがたい。ただ一方で「年寄り扱いするな」と反発されることもある。人は何歳になっても自分を“老人”とは思いたくないものだ。その複雑さも、この祝日の一面だろう。

それでも僕にとっては、ただ感謝を伝える日だ。父と母は、いつまでたっても父と母であり、子どもたちにとってはおじいちゃんおばあちゃん。その存在に、心の中で「ありがとう」と唱える。離れていても、心は隣にある。天国に行った祖父母にも、ありがとう。幼い頃の記憶を思い出し、懐かしみながら、今や未来へとつながる絆を心の中で撫でる。愛している。

母よ、父よ。寂しくないだろうか。元気に暮らしているだろうか。寂しさはあっても、それぞれの力で幸せに生きていると信じている。

普段一緒に暮らす家族も、離れて暮らす子どもたちも、毎日心に浮かんでいる。過去を懐かしみ、今を重ね、未来を思い描くと、感慨深い。今日は僕にとって「家族の日」であり、振り返りの日だ。

僕は家族を心から愛している。今日も明日も明後日も、その思いは変わらない。みんなが強く、それぞれの命を生きている。一生懸命に、やるべきこと、やりたいことを一つずつこなしている。僕にとっては、その姿そのものが生きがいだ。

みんな、今日もありがとう。同じ空の下で、心は一つ。

だからこそ、今日を大切に。心と体を休めて、また明日からの日々を、感謝と愛を込めて歩いていこう。


松永 修 – MUSICおさむ

松永 修|MUSICおさむ|国家公務員|キャリコン|作家・メディアクリエイター/音楽クリエイター(シンガーソングライター)|DTM作編曲

関連記事

最新記事
会員限定記事
おすすめ記事
PAGE TOP
ログイン 会員登録
会員登録