日々のことば(ブログ)

✍️卒業の季節に思うこと|おめでとうの奥にある、ありがとう

おはよう。さあ、3月。

3月は卒業の季節。卒園式、卒業式。

別れと門出が、静かに並ぶ季節だ。
この時期になると、胸の奥が少しだけあたたかくなる。

そして、少しだけ切なくなる。

卒業というのは、ただ学校を終えることじゃない。
ひとつの時間を、ちゃんと生ききった証なんだと思う。

楽しかった日。
しんどかった日。
笑った日。
泣いた日。
うまくいった日。
うまくいかなかった日。

その全部を抱えて、今日という日がある。
だから卒業は、立派なことだ。

何かを成し遂げたから立派なんじゃない。
ここまで来たこと、そのこと自体が、もう尊い。

卒業式で交わされる言葉は、きっと「おめでとう」が一番似合う。
でも本当は、その言葉の奥に、もうひとつある気がする。

ありがとう。

ここまで育ってくれて、ありがとう。
ここまで頑張ってきてくれて、ありがとう。
ここまで支えてくれた人たちへ、ありがとう。

卒業は、自分ひとりでたどり着く場所じゃない。
誰かに守られ、誰かに支えられ、誰かに信じてもらいながら、たどり着く場所だ。
そう思うと、卒業の日は、祝福の日であると同時に、感謝の日でもある。

誕生日に、ただ「生まれてよかった」と思うだけじゃなく、
「産んでくれてありがとう」と思うように。
卒業の日にも、ただ「終わった」「次へ進む」だけじゃなく、

「ここまで来られてよかった」
「ここまで来させてもらった」
そんな気持ちが、きっとある。

そしてこの季節は、子どもたちのためだけの季節でもない。
それを見つめる大人たちにとっても、特別な季節だ。

自分が卒業した日のこと。
あの頃の不安。
あの頃の希望。
あの頃は分からなかった、親の気持ち。
大人になると分かる。

見送る側には、言葉にならない想いがある。

大きくなってくれて嬉しい。
ここまで来てくれて嬉しい。
でも、少しだけ寂しい。
その全部が、愛なんだと思う。

卒業は、終わりじゃない。
さみしさだけの日でもない。
今日までの日々が、たしかにそこにあったこと。
その時間が、たしかに愛おしかったこと。
それを静かに確かめる日なんだと思う。

人生には、いくつも節目がある。
そのたびに人は、少しずつ何かを手放して、少しずつ何かを受け取っていく。

卒業も、きっとそうだ。
別れを受け取りながら、未来を受け取る。

さみしさを抱きながら、希望を受け取る。
だから、卒業の季節は美しい。

おめでとう。
ありがとう。
よくここまで歩いてきたね。
その言葉は、子どもたちにも。
かつての自分にも。
そして、今日まで誰かを支えてきた大人たちにも、向けていい言葉なんだと思う。

さて、今日も特別な一日。
これまで一歩一歩積み重ねてきた、たまものだ。
おめでとう。ありがとう。愛してる。これからも、この先も、それに尽きる。

心は一つ。
今日も一日、素敵な一日。


松永 修 – MUSICおさむ

松永 修|MUSICおさむ|国家公務員|キャリアコンサルタント|作家・メディアクリエイター/音楽クリエイター(シンガーソングライター)|IT・AI設計・コンサルタント

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