おはよう。今日は、何かに向かって本気で活動している人のために、コンサルやプロデュースの現場で使っている思考の整理と判断のフレームを、そのまま言葉にしてみる。
何かを続けていると、必ず立ち止まる瞬間が来る。
・一生懸命やっているのに、なかなか結果が出ない。
・評価されない。
・求められない。
・売れない。
・広がらない。
反応がなく、手応えもなく、「これは意味があるのか」と考えてしまう。
頑張っていないわけじゃない。むしろ、考え続け、試し続け、積み上げてきたはずなのに、数字にも、言葉にも、形にもなって返ってこない。そんなとき、ふと頭をよぎる。続ける価値はあるのか。そもそも、自分の選んだ道は正解なのか。
これは弱さじゃない。現実と向き合っている人ほど、必ず通る場所だ。
まず立ち戻るべきは「自己理解」
道に迷いそうなとき、心が惑いそうなとき、最初にやるべきことは外を見渡すことじゃない。まず、自分を見る。
今の自分は、何を大切にしているのか。どんな興味や価値観を持ち、どんな能力や適性を感じているのか。これまでどんな経験を積み重ね、どんな環境に置かれてきたのか。そのうえで、どんな中長期的な未来を思い描いているのか。そして、そのために今どんなプランを考えているのか。
徹底的に、自分を知ること
ここで大事なのは、徹底的に自分を知ることだ。そのために意識しておきたいことが三つある。
ひとつ目は、現実に向き合うこと。目を逸らさないこと。理想の自分と、今ここにいる現実の自分をきちんと分けて考え、「今の自分はどうなのか」を直視することだ。ここを避けると、人は自分を知るチャンスをことごとく逃す。うまくいかない理由も、噛み合わない違和感も、全部「外のせい」にできてしまう。でもそれは、楽なようでいて、実は成長の入口を自分で閉ざしてしまう行為でもある。
ふたつ目は、他者からのフィードバックを受け取ること。ジョハリの窓で言えば、自分では見えない「盲点」に目を向けることだ。自分ひとりでは何年考えても気づけないことが、誰かの一言で一日で腑に落ちることがある。ただし、その言葉を受け取れるかどうかは、ひとつ目の「現実に向き合う準備」ができているかにかかっている。準備がなければ、人は防御する。聞こえないふりをする。だからこそ、まず現実を見る姿勢が何より大切になる。
そして三つ目が、「一度決めた自分像」に固執しないこと。過去にそうだった自分、そうありたいと思ってきた自分、人からそう見られてきた自分。それらはすべてあなたの一部ではあるけれど、あなたの全てではない。変わっていい。更新していい。今の自分に合わなくなった定義は、手放していい。人は変わる。興味も、価値観も、人生の重心も時間とともに変わっていく。それはブレじゃない。生きている証拠としての更新だ。
ただ、もし今、自分の価値観と、これまで積み上げてきた活動が噛み合わなくなっているなら、変えるべきなのは自分そのものではなく、活動の形や置き場所のほうかもしれない。そして、その置き場所を考えるとき、自分の内側だけを見ていても答えは出ないことが多い。
自己理解だけでは、前に進めない理由
社会には市場があり、業界があり、それぞれに必要とされる知識や技術、前提条件がある。時間も、お金も、体力も有限だ。さらに、人は一人では生きられない。家族、パートナー、協力者、支援者、そしてまだ顔の見えない「届けたい相手」。
だから必要なのは、自己理解、現実の市場や方法論、人との関係性、生活として成り立つかどうか。これらを切り離さず、ひとつの全体として整理していくことだ。なぜなら、人は結局、他者との関わりのなかで幸せを探す生き物だからだ。
正解は「全部を同時に満たそうとしない」こと
自己実現、他者貢献、評価や認知、収益、人生としての意味づけ。これらすべてを、ひとつの活動で同時に満たそうとすると、活動は重くなり、続かなくなる。やるべきなのは「分離」だ。
① 無条件で続けるもの
学ぶ。
考える。
研鑽する。
書く。
つくる。
これは、評価も結果も関係なく続けていい。意味があるかどうかを、毎回問い直さなくていい。これは、あなたがあなたでいるための土台だ。
ここを「結果が出ないならやらない」「誰かに求められないならやらない」と決めてしまうと、活動は必ず歪む。短期の評価や外部の反応に、自分の軸を明け渡すことになるからだ。無条件で続ける領域があるからこそ、人は長く、深く、壊れずに成長できる。
② 条件付きでやるもの
・発信
・見せ方
・勝負
・市場との接点
ここは①とは扱いが違う。
期間と目的を決めてやる領域だ。
誰に届けたいのか。
何を試したいのか。
どのくらいの期間で判断するのか。
これを曖昧にしたまま続けると、活動は消耗戦になる。
反応がなければ、
・変える
・やめる
・形を変える
・媒体を変える
・役割を変える
全部を無条件に背負わなくていい。
ここは「人生そのもの」ではなく、戦略の話だからだ。
うまくいかなかったとしても、それは否定でも失敗でもない。
単に「今の形が合っていなかった」というデータが取れただけだ。
「結果が出ない・人から求められないなら意味がない?」への答え
答えは、いいえ。
ただし、「目的不明」のまま続けると、確実に苦しくなる。
今は誰にも求められていない。
評価も、反応も、数字もない。それでも続けている。
その状態自体が問題なのではない。
問題になるのは、「なぜ続けているのか」を自分でも説明できないまま続けることだ。
今は誰にも求められていない。
それでも、自分が納得できる理由で続けている。
この一文を、自分の中で明文化できていれば、折れない。
他人の評価が揺れても、活動の軸は崩れない。
質を高める時間は、逃げじゃない
質が低い状態で、いくらマーケティングしても意味はない。
それは冷たい現実だけれど、避けて通れない事実だ。
本気になれないものは、続かない。
自己理解とズレた活動は、どこかで必ず苦しくなる。
だからまずは、自分が本気になれるものを見極め、質を高める時間を引き受ける。
ただし、「いつか完璧になったら」は存在しない。
だからこそ、期間を設けて目標を都度決める。
・半年
・ひとつのテーマ
・一定の量や本数
そこまでやったら、次の判断に進めばいい。
研鑽は目的ではなく、次の選択に進むための準備だ。
続けるか、やめるか、ではない
多くの人が、ここで二択に追い込まれる。
・続けるか
・やめるか
でも、本当の選択肢はそこじゃない。
・続け方を変える
・役割を分ける
・勝たせに行くものを選ぶ
・置き場所を変える
・距離感を変える
それでいい。
全部を同じ場所で、同じ意味づけで抱え続ける必要はない。
ここでも大切なのは、自己理解と同じく、柔軟にアップデートする姿勢だ。
・自己理解。
・市場理解と戦略。
・重要な他者とのコミュニケーション。
・自分自身の自己効力感のセルフマネジメント。
これらを固定せず、状況に応じて更新し、
必要なものと不要なものを効率よく取捨選択できること。
それが、俗に言われる「センス」の正体でもある。
最後に──「自分を信じて」いくということ
迷うのは、弱いからじゃない。
真剣に、自分の人生を生きようとしている証だ。
何も考えずに流されていれば、迷いは生まれない。
疑問も、違和感も、葛藤も出てこない。
迷っているということは、
あなたが「自分で選びたい」と思っているということだ。
だから、やめなくていい。
ただし、壊れるまで続ける必要もない。
変わっていい。
更新していい。
選び直していい。
一度決めた道を、何が何でも正解にし続ける義務なんてない。
状況が変わり、自分が変われば、
選択肢が変わるのは自然なことだ。
ここで、ひとつだけ大切なことがある。
「自分を信じる」というのは、
才能や結果を信じることじゃない。
自分の選択が必ず当たると信じることでもない。
自分が特別だと思い込むことでもない。
信じていいのは、
あなたが、考えることをやめないという事実だ。
迷いながらでも、立ち止まりながらでも、
現実を見て、他者の声を聞き、
自己理解と市場理解を更新し、
必要なものと不要なものを選び直そうとしている。
その姿勢そのものを、信じていい。
戦略も、方法論も、置き場所も、役割も、
すべては柔軟でいい。
変わっていいし、入れ替えていいし、手放していい。
でも、
考え続けて、生きることだけは、手放さなくていい。
この迷いの時間は、遠回りじゃない。
自分の人生を、自分の足で引き受けるための調整期間だ。
焦らなくていい。
比べなくていい。
立ち止まってもいい。
変化してもいい。
ただ、
考え続ける自分だけは、信じていこう。
それができている限り、
あなたはもう、ちゃんと前に進んでいる。
さあ、そんなことをしっかり考え、人生に向き合いながら、
今日も一生懸命、生きていこう。
限りある命。
必ず、数十年後には終わる命。
どうせ一度きりなら、一生懸命生きようと思う。
この儚い命で選ぶ行動を、まず自分自身が尊いものとして受け取ろう。
僕らは、一生懸命生きながら意味を探し、
大切な人と時間を分かち合い、
それだけで、もう十分に人として生きている。
命の営みは、めぐり巡って歴史を刻み、
僕らはその歯車のひとつとして、ここに立っている。
だからこそ、この儚い命の尊さを、誰かに委ねるんじゃなく、
自分の手で見つけていこう。
生きている間、
一生懸命遊んで、楽しんで、悩んで、考えて、
この命を、ちゃんと輝かせよう。
さあ、今日も。
愛と感謝を胸に、一生懸命、生きようぜ。
それではまたね。
バイバイ。


