おはよう。今日は4月1日。新年度のスタートだね。今日から新しい職場、新しい部署で動き出す人も多いと思う。僕もそうだ。何度経験しても、この日の少しピリッとした空気と、どこかワクワクする感じは独特だ。若い頃よりは落ち着いて受け止められるようになったけど、それでもやっぱり、節目は節目だなと感じる。
そんな新しい始まりの日に、毎年ふっと話題に上がるのがエイプリルフール。だけどこれ、今の日本では「どこまでやっていいのか」が、けっこう難しいテーマになってきている。
◾️いまの日本では「基本やらない。でも嫌いでもない」
まず結論からいうと、今の日本のエイプリルフールは“積極的に楽しむ文化”ではない。
ある調査では、「嘘をつく予定がある人」はごく少数で、「つかない予定」が大多数だった。つまり、やらない人が圧倒的に多い。
ただし、これを「嫌われている」と捉えるのは少し違う。過去に嘘をついたことがある、つかれたことがあるという人は一定数いるし、文化自体はちゃんと残っている。
この温度感、すごく日本っぽい。
・やりたい気持ちはある
・でも、やりすぎたくない
・相手に迷惑がかからないかを先に考える
だから、結果として「やらない」が選ばれることが多い。
企業にとってはここが大事で、「盛り上がるイベントだから乗る」ではなく、「乗るなら相当気をつける」が前提になっている。
◾️企業が一番気をつけるべきは「嘘のリアルさ」
昔のエイプリルフールは、「なーんだ嘘か」で終わっていた。
でも今は違う。SNSがあるから、嘘が一瞬で広がる。
しかも厄介なのは、「リアルな嘘」ほど広がること。
・本当にありそうな新商品
・本当にありそうな制度変更
・本当にありそうなニュース
これ、ウケるときはウケるけど、一歩間違うと誤情報になる。
実際に、最近は
・紛らわしすぎる
・不謹慎
・不安を煽るこういう理由で炎上するケースも増えている。
つまり今は、「面白いかどうか」よりも先に
“誤解されないか”
“誰かを不安にさせないか”
ここが見られる時代だ。
◾️そもそも、なぜエイプリルフールはあるのか
ここで少しだけ背景の話。
エイプリルフールの起源は、実ははっきりしていない。
有名なのは、16世紀フランスの暦改革で、新年が春から1月に変わったときに、古い習慣を続けていた人がからかわれた、という説。
ただこれも確定ではない。
むしろ、人間の中にある
「季節の変わり目にちょっとふざけたい」
「笑って新しい季節を迎えたい」
そういう愛ある感覚が、文化として残ったものなんだと思う。
海外ではこの文化が強くて、企業もメディアも本気でネタを仕込む。
でも日本は違う。ここにもやっぱり、日本人の“配慮の文化”が出ている。
◾️じゃあ今、どこまでならOKなのか
ここがいちばん大事なところ。
今の日本で許容されやすいのは、だいたいこのラインだと思う。
・あとで必ず笑える
・事実と誤認されない
・誰も傷つかない
・現実に影響が出ない
逆にアウトに近いのは、
・病気、事故、災害などのリアル系
・仕事やお金に関わる話
・社会不安を連想させるもの
この線引きは、昔よりかなり厳しくなっている。
企業で言えば、「ちょっと攻める」は、もうかなりリスクが高い。
やるならむしろ、最初から“ネタと分かる設計”が必要になる。
◾️それでも、エイプリルフールはなくならない
ここまで読むと、「じゃあやらない方がいいじゃん」と思うかもしれない。
実際、多くの企業は“やらない”を選んでいると思う。
それはすごく合理的な判断だ。
でも一方で、エイプリルフールが完全になくなることもないと思う。
理由はシンプルで、人はやっぱり
少し笑いたいし、少しふざけたいからだ。
だから残るとしたら、形は変わる。
昔みたいな“騙す面白さ”ではなくて、
“ちょっと笑える優しい嘘”として。
◾️4月1日は「ふざける日」じゃなくて「余白を持つ日」
結局、4月1日って、エイプリルフールでもあるけど、それ以上に「始まりの日」だと思う。
新しい環境に入る人もいれば、変化にちょっと疲れている人もいる。
だからこそ、この日に必要なのは、全力の冗談よりも、少しの余白なんじゃないかなと思う。
少しだけ肩の力を抜くこと。
少しだけ笑えること。
少しだけ人に優しくなること。
そのくらいが、ちょうどいい。
そいういうことだ。それでいい。
さあ、今日もそんな世の中の空気を感じながら、目の前の変化にゆっくり順応していこう。自分の人生を大切にしながら、周りの大切な人ともつながりながら、少しずつ前へ。
愛と感謝を胸に。それではまたね。バイバイ。
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