おはよう。
今日は、雲の隙間から少しだけ太陽が覗いていて、蒸し暑さが夏らしい朝だね。
さて、今朝も歌ったよ。最近は、長い時間をかけて積み重ねてきた訓練の成果が、ようやく実感として返ってきてる。ようやく「これは自分の中で納得できる」と思えるような発声、響き、歌い方になってきた。自信というより、静かな確信みたいなもの。理屈で整理できて、それが再現できる段階に来た感じ。
今、自分の中で特に確立しているのは、響きの位置とコントロールの方法。たとえば、高音域で喉仏を無理に上げて締め付ける癖から脱却し、逆に上顎、頬のあたり、つまり軟口蓋をしっかり上げることで、響きを作る。これによって、ピッチの安定性も増すし、声の抜けやすさも全然違う。口腔の中に響かせるとき、その“空間設計”が重要なんだよね。
響きの位置も細かくコントロールする。口の中で丸く響かせるケース、前方に押し出して鼻の斜め前に飛ばすようなイメージ、もっと引き上げて頭声的なミックスボイスへと移行する……。息の通り道がどこに向かっているかを意識するだけで、全然声の印象が変わる。これは単なるボリュームの問題じゃなくて、「どこで鳴らしてるか」という感覚なんだ。
声って、響きが変われば人格すら変わる。それくらい声色って奥深いし、操作する面白さがある。喉仏の位置、舌のフォーム、軟口蓋の高さ、口腔内の開き……それらの組み合わせ次第で、全然違う音色が作れる。こういった細かい設計図が、今は自分の中で“見えて”いる。
響きを安定させるためには、喉仏は基本的に下げた状態をキープしつつ、舌を上げすぎないことも大事。舌を持ち上げてしまうと、響きが閉じてしまって、抜けが悪くなる。逆に、口腔内にしっかり空間を作り、軟口蓋を上げながらも、舌をリラックスさせて下げることで、豊かな響きが得られる。
ただし、曲のスタイルやニュアンスによっては、あえて喉仏を多少ハイラリンクス(高めの位置)にして、声楽的な響きからポップス寄りの軽やかな声質にコントロールすることもある。この辺はもう“響きのデザイン”。そのときの音楽性や伝えたい感情によって柔軟に使い分けていく。操作というより、選択なんだよね。
アタックのニュアンスを作るのは子音だけど、そこから母音へとどう“響きを渡すか”がポイント。破裂音や摩擦音をどう処理して、どの母音にどの響きを添えるか。ここに表現の色が出る。音の冒頭は軽く始めて、途中で響きを深めていくような流れ。単なる発声じゃなく、“音楽”としての発声にようやく手が届く感覚だ。
ブレスコントロールも、死ぬほど大事だ。ここまでのプロセスがしっかりできていても、これが適当だと無意味になる。息がしっかり出て、回っていないと、安定した声、響きのある声、届く声なんて無理なわけで。ブレスって、単に息を吸う・吐くだけじゃなくて、発声の“設計図”なんだ。どこで抜いて、どこで張って、どこでためて、どのくらいの息の量で鳴らして、どこで切るか。そこまで意識が届いて初めて、歌になる。
そして大事なのが、「柔軟な切り替え」ができるようになること。少しハイラリンクス寄りなシャープな立ち上がりや、若さのあるトーンはアイデンティティの一部な人も多いと思う。だから、冒頭はあえて響きを抑えて「軽め」に入りつつ、途中から響きを加える……みたいな構成も、今は意図的にできると、表現の幅がぐっと広がる。
「響きで調整する」。これは歌唱の熟練者になるうえで、本当に大事な感覚。声の大きさや音量で押し切るんじゃなくて、響きの操作で感情や抑揚のダイナミクスを表現する。結果として、曲の表現力がまるで違ってくる。
過去に自分が歌ってきた曲を一つひとつ試すように、新しい自分の歌い方を染み込ませて、研究と実験を繰り返せば、ほんとに楽しく研鑽できる。
気づけば、僕も“伝える側”の立場になってきた。教える、とか、トレーナーとまで言うとおこがましいけど、まだまだ常に学びの途中。でも、今の僕なら、初心者の人や、ある程度経験を積んだ中級者がつまずくポイント……ミックスボイスやビブラート、喉の使い方とか、そういう“根本的なところ”で悩む気持ちは痛いほど分かる。その迷いに寄り添える経験と、それを乗り越えてきたノウハウは、きっと誰かの力になれると思ってる。僕がこの数年かけて得た“自分なりの地図”を、誰かが前に進むときのヒントにできたら、それはすごく嬉しい。
ビブラートも、今では自然と出せるようになってきた。でも、これって特別な技術というより、ピッチを細かく波打たせる“歌い方”として理解するのが一番早い。要は「そう歌えばいい」だけなんだよね。再現できるようにするためには、息の使い方を安定させること、そしてその揺れ方に“慣れる”こと。技術というより、やり方への慣れ。感覚に近い部分もある。
ただし、ここで重要なのは“理解”。つまり、ビブラートを生み出す土台の「呼吸」や「発声の形」、「声の響かせ方」そのものを勘違いしたままでは、いくら時間をかけても、何十年経っても、たどり着けない。僕自身、そこにたどり着くまで何年もかかったし、逆にそれが腑に落ちてからは、ビブラートは“自然に出るもの”になった。
今日は歩きながら歌ってる。まるで呼吸するように、心のなかの言葉を吐き出すように。僕にとって歌うことは、感情のカタルシス装置みたいなものだから。自分自身が自分に納得できるようになったことが、嬉しい。
もちろんまだまだ。だけど、自分の中でひと段落、納得できる段階にたどり着いたというのは、大きな前進だと思う。40年をこえる“歌大好き人生”の軌跡と、長年の研究で辿り着いた“自分を納得させる理論とメソッド”。
離れていても、心はひとつ。
今日は雲の多い空だけど、きっと僕の大切な家族も、同じ空の下で頑張ってる。
さあ、今日も一日、楽しもう。
今日もありがとう。
愛してる。バイバイ。