✍️生きていく音、つながっていく風

おはよう。今日は朝から蒸し暑い。昨夜はまるで熱帯夜のようで、窓を全開にして空気を回してみたけれど、それでも寝苦しくて、久しぶりに扇風機を出した。

エアコンをつければ涼しさは段違いだけど、あの独特の風が持っていく“初夏の匂い”まで消してしまう気がして、今はまだ使いたくない。本格的な夏がやってくるその時までは、もう少しだけ、この自然の空気と付き合っていたい。

扇風機の風が、こんなにも気持ちよく感じられるなんて。この季節のグラデーションが、身体にじんわりと入り込んできて——あぁ、夏がやってくる。そう思うと、なぜか胸が高鳴る。

5月もいよいよ下旬に入り、新年度の「始まりの空気感」はすっかり影を潜め、世の中全体が本格的な忙しさに包まれてきた。今この瞬間、働く世代として走り続けることの“心地よさ”を感じている。

そう、これが現役世代の“充実感”というものかもしれない。

昨日から今日にかけて、自分のオリジナル曲『えがおのまほうつかい』を課題に、新しい歌い方を思う存分試している。楽しくて仕方がない。

歌っていると、何の条件もなく、内側からエネルギーが湧いてくる。細胞が目を覚ますような感覚。おそらく、僕にとって“歌うこと”は、脳の報酬系——ドーパミンの分泌を自然と促す行為なんだと思う。

もちろん、うまくいかない時には、もどかしさを感じることもある。思うように響かない声に、少し気持ちがざわつく瞬間もある。でも、その先にある小さな気づきや、一歩の成長を感じられた時には、心の底からうれしくなる。

最近は、そんな“うまくいった瞬間”を、ただの偶然にせず、なるべく「常態化」できるように、自分なりの技術と感覚を言語化しながら磨いている。納得のいく歌い方、表現力——再現性のあるスタイルを手に入れたくて、今はその挑戦に夢中だ。

音楽は、歌は、ギターは、生きるうえで「絶対に必要」なものではない。だけど、僕にとっては——意味づけのうえでは「必要不可欠」なものだ。

命をつなぐという意味では、音楽はなくても生きていけるかもしれない。でも、生きた“その先”を豊かにするためには、これほど安心で確かなツールはない。

人生に意味を与え、色を添えてくれる。日常の一コマ一コマを、物語として編み直す表現の道具にもなる。僕にとって音楽は、そんな存在だ。

刹那的な快楽ではなく、じんわりと心に染み込んで、中長期的に“満たされる”ようなよろこび。

きっとこれは、心理学でいう「フロー」や「エンゲージメント」にも近い。

そして何より、音楽は“誰かとつながる”ための大切な手段でもある。一人でこもって練習する時間が多いけれど、それでも最後はやっぱり、誰かとそのよろこびを分かち合いたくて、誰かに届けたくて、僕は歌っている。

伝えたい。
感じてほしい。
響き合いたい。

だからこそ、意味がある。

きっとこれは、「人とのつながりを感じながら生きていく感覚」——あたたかい関係性の中で、自分の役割を見出すような感覚に近いんだと思う。僕なりの物語を、今もこうして編み続けている。老年期に向けて、人生を「統合」していくプロセスのなかで、音楽がその軸になってくれている。

そういえば昨日、老眼鏡を忘れてしまって大変だった。去年から一気に近いものが見えにくくなってきて。しばらくは老化に抗うように粘っていたけれど、昨年の夏にようやく観念して手に入れた。

最近はもう、すっかり“額メガネ”が定位置になっていたけれど、昨日は朝から忘れてしまって。仕事にならず、昼休みに急いで買いに走ることになった。

まさか自分がこんなにもメガネを必要とする日が来るなんて、昔は想像もしていなかったな。でも、これもまた、自分の身体とともに生きていくってこと。そう受け入れて、また一歩ずつ前に進んでいる。

さあ、今日もがんばっていこう。
離れていても、心はひとつ。
同じ空の下で、ちゃんとつながっている。

バイバイ。
愛してるよ。

松永 修 – MUSICおさむ

松永 修/音楽名義:MUSICおさむ(シンガーソングライター)/音楽と文章の作家/国家公務員/キャリアコンサルタント

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