おはよう。
今日も、いい天気だね。
日本でも世界でも、毎日いろんなニュースが飛び交ってる。事件、災害、政治、経済、国際関係…情報の洪水の中で、僕たちは毎日「何を信じていいか」って、ちょっとずつ揺さぶられている気がする。
だけどね、一番大事なのは、やっぱり「何が実際に起きているか」っていう“事実”なんだ。でもここが難しい。事実って、実はとても曖昧だ。誰が、どこから、どの角度で見るかで、同じ出来事でもまったく違って見える。
たとえば、目の前で誰かが転んだとする。本人は「足を滑らせただけ」と思ってても、第三者は「誰かに押されたんじゃないか」と思うかもしれないし、もっと離れた人は「暴力事件だ」と騒ぎ立てるかもしれない。真実は一つかもしれない。でも、僕たちが手にする“事実”は、見た人の視点で変化してる。
そんな“誰かの視点”で切り取られた事象が、今度は「報道」という名のもとに広がっていく。テレビ、新聞、ラジオだけじゃない。ネットニュース、YouTube、X(旧Twitter)、TikTok、インスタ…今や誰もが情報を発信できる時代。だからこそ、どこから情報を受け取るかで、世界の見え方が全く変わってしまう。
メディアは、事実を映す鏡であるはずなのに、しばしばそれを“見せたいように”編集してしまう。ほんのワンシーンを切り抜いた映像や、刺激的な見出し、感情をあおるような表現。僕たちの脳は、それを見た瞬間に「これはこういうことなんだ」と思い込んでしまう。そしてそこに、小さなバイアスが生まれてくる。
これが怖い。知らず知らずのうちに、誰かの意図に乗っかって、自分の価値観や感情までもが操作されていく。その積み重ねが、気づいた時にはもう、自分の“ものの見方”を作り変えてしまっているかもしれない。
ニュースって、本来は「事実を伝える」もののはずなのに、今ではほとんどが“編集されたエンターテインメント”になってる。視聴率やクリック数を意識して、目立つところだけを切り取り、都合よく並べる。真面目な顔をして報道していても、その裏にはちゃんと「どうすれば人に見られるか」が組み込まれてる。
だから僕は、最近はニュースを「正面からは見ない」ようにしてる。見るとしても、できるだけ逆の立場の意見や、別の視点を探すようにしてる。同じ事件でも、違う立場の人の声を聞くと、印象がガラリと変わる。映像に映ってるものすら、本当にそれが“全体像”かどうかなんて、わからない。
一度でも発信する立場になってみると、もっとわかる。たとえばブログを書くとき。自分が大事にしているテーマ、自分が感じたことを伝えようとすると、どうしても「こういうふうに読んでほしい」って意図が入る。その時点で、すでにバイアスがあるんだ。つまり、どれだけ真剣に書いても、それは僕というフィルターを通った“偏りのある情報”になってる。
これは誰にでも起こること。どんなに正直な人でも、どんなに誠実に伝えていても、「完全に客観的な情報」なんて、実はほとんど存在しない。だからこそ、受け手の僕たちが「どこまで信じるか」「どこまで立ち止まるか」が大事になってくる。
もっと言えば、僕たちは知らないうちに、“情報のゲーム”の中に放り込まれてる。誰かが仕掛けて、誰かが乗って、さらにそれが拡散されていく。バズる投稿、炎上するコメント、アルゴリズムに乗る動画。それを見て感情が動いて、反応して、次の情報へと進んでいく。まるで、見えないルールの中で動かされてるみたいに。
でもね、そのゲームの中で、僕たちがやれることもある。信頼できる情報を自分で見極めて、自分の中に取り込むときには「これは一部かもしれない」と、ちゃんと疑ってみること。そして、自分の心が動いたときこそ、その背景にある構造を冷静に見てみること。
僕はよく、情報を料理に例える。生のまま口に入れずに、素材を選んで、ちゃんと火を通して、調味料を調整して、最後は「味見」してから食べる。情報も同じ。出されたものをそのまま飲み込むんじゃなくて、自分の中でちゃんと「調理」してから、使うようにしてる。
すべての情報がウソだとは思ってない。でも、すべてを信じてしまうのも危険。だから「これは信じたい」と思ったときほど、一歩引いて見てみる。
「自分は何を信じて、何を信じたくて、それにどう反応しているのか」
それを問い続けるのが、僕たちの自由だと思う。
今日も、そんなことを考えながら過ごすよ。
誰かがどこかで一生懸命働いて、誰かが誰かを想っていて、誰かが世界のために祈ってる。
そんなことを想像しながら、生きていたい。
愛してるよ。
バイバイ。
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