おはよう。昨日はどしゃぶりの雨だったけど、今朝はようやく上がった。ちょっとだけ外で遊べそうな、そんな週末の朝。
今日は一日早いけど、母の日をやる予定。母と一緒に少し出かけて、ささやかなごはんを一緒に食べたい。ほんの気持ちだけど、感謝を込めて。
僕がもう40代になっても、母にとってはいつまでも「子ども」なんだと思う。どんなときでも、母は僕の味方でいてくれる。今の僕も、昔の僕も、まるごとひっくるめて受け止めてくれる。それがどれだけ大きなことか、年を重ねるほどに実感するようになった。
もちろん、たまにはぶつかることもあるし、そんなとき、自分の中に母と似た部分を見つけてハッとすることもある。でも、そういうところも含めて「母らしさ」だし、なによりも小さなことを吹き飛ばしてしまうくらい、大きな愛情がそこにある。どんな僕でも愛してくれる。それは、母だからこそできることなのかもしれない。
父には父なりの愛情がある。僕自身も父親として、そこからたくさんのことを学んできた。母の愛と同じじゃなくても、ちゃんと違うかたちで深い。そのどちらもがあったから、今の僕があるんだと思う。
そんなふうにして育ったからこそ、僕は自然と、同じような愛情を持った伴侶と出会うことができたし、子どもたちにもその「ぬくもり」を体験させてあげられていると思う。
僕は母にはなれないけど、父親として母とは違う角度から、愛情を伝えていくことができる。その前に、何より大切なのは、自分がちゃんと「愛されてきた」経験を持っていること。それがあるからこそ、誰かを選ぶとき、子どもたちを育てるときに、どんな愛情を大切にすべきかを自然と感じ取れるようになっていた気がする。
本当にありがたいことだ。僕の愛し方のルーツには、やっぱり両親の存在がある。子どもたちにもそれを伝えていきたい。「君たちが愛されているように、僕もたっぷり愛されてきたんだよ」って。
その愛は、ちゃんと受け継がれていく。血になって、骨になって、未来へとつながっていく。
両親は昔から若々しい印象が強かったけど、気づけばもう70代だ。僕が40代なら、それも当然のことなんだけど、あの頃の記憶がまだ鮮明に残っている分、ちょっと不思議な感じもする。
でも、時間は止まらない。静かに、でも確実に流れていく。最近、「命って永遠じゃないんだな」と思うことが増えてきた。先月、みゅうちゃんとお別れしたこともあって、なおさら。
いつか必ず、別れのときは来る。母や父とも、家族とも、自分自身にも。だからこそ、今という瞬間の「ありがたさ」をしっかり味わいたい。伝えられるうちに、ちゃんと感謝を伝えたいと思う。
とはいえ、まだまだ一緒に笑える時間がたくさん残ってると信じてる。だから今日は、ただの週末じゃなくて、特別な一日にしたい。母と一緒にゆっくり過ごして、あたたかい時間を刻みたい。
母と父は、僕という人間の始まりをつくってくれた人。僕の心のかたち、愛し方、生き方の源にある存在。
子どもたちよ、聞いておいてくれ。君たちのルーツには僕がいて、僕の後ろには母や父がいる。僕が君たちを愛しているように、僕もまた、愛されて育ってきた。その愛情が、今こうして君たちへと流れているんだ。
そしてきっと、君たちも誰かにその愛を渡していく。これが、愛のリレー。かたちを変えながら、でも確かに続いていくもの。
さあ、今日も楽しもう。それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの人生を懸命に生きている。きっと笑顔も涙もあると思うけど、どれも大切な一歩になる。
今日という一日を、しっかり噛みしめて。大切な人たちに、ちゃんと「ありがとう」を伝えられる日になりますように。
今日も全力で世界一愛してる。
心はひとつ。
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