おはよう。今日も良い天気。もう確実に「春だ」と言える空気になってきたね。
いよいよ、桜との出会いのカウントダウンが始まったような、そんな感じがする。
束の間の春休み気分。学生たちは多くが卒業式を終え、在校生たちも終業式を迎えた頃だろう。大人たちも、引き継ぎや年度末の締めくくり、新年度の準備に区切りがつき、少し落ち着いて過ごしている時期かもしれない。
いまはちょうど「ニュートラルゾーン」――別れや卒業の喪失感に向き合いながら、新しい始まりへと歩き出すための、大切な季節だ。
この時期をどう過ごすか、どう向き合うかで、その先の“始まり”の質はきっと変わってくる。学生も大人も、この一瞬の静けさと移ろいを「ただの通過点」とせず、しっかりと喪失や終わりに向き合ってみてほしい。
何かを終えること、何かを手放すこと。そこに少しだけ自分なりの“儀式”を添えてもいい。たとえば、日記を書いて心を整理する。少し立ち止まって自分を客観視してみる。外在化して記録に残してみる。それだけで、気づけることがある。
年度末という区切りは、ブリッジスの「終焉から始まる転機」の中では比較的やさしい部類に入ると僕は思っている。惜別の悲しさや寂しさはあるけれど、それでも美しく、どこかあたたかい。だからこそ、その“終わり”をしっかり感じ、味わい、記憶として残してほしい。
人生には、予期せぬ別れや失業、離婚、死別、挫折、事故、病気のような、思いもよらない厳しい終焉から始まる転機も訪れる。そういった“突然の嵐”と比べれば、年度末の変化はやさしいと思う。だからこそ、楽しんで、前向きに向き合ってほしい。
でも、こういったひとつひとつの転機の時期を丁寧に過ごしておくことで、いざという時に心を守る力が育つ。自分が今どんな変化の中にいるのか、予期していたものか、どんな影響があるのか。論理的に状況を捉え、冷静に対処する力になる。
そして、どう乗り越えるか。誰に頼るか。どんな状況か、自分はどんな思いか、どんな戦略をとるか。その整理が、未来への力になる。だからこそ、学生も大人も、この狭間の時期の“静けさ”を大切にしてほしい。
そして、今ゆとりのある人は、まわりを見渡してみてほしい。変化の中で焦ったり、不安になったりしている人がいたら、そっと支えてあげられる存在でいてほしい。
僕自身は、今年度、大きな転機はあまりない。
でも、正確に言うと、僕の周りの大切な家族がそれぞれ転機を迎えるという転機だ。
だからこそ、支える側として、家族やまわりの人たちを見守っていたい。冷静な目で、あたたかい気持ちで、みんなの気持ちを感じながら、そっと寄り添って、そっと触れていけたらいい。
さあ、春の日差しを楽しんで、今日という一日をゆったりと過ごそう。のんびりと仕事を味わいながら、鼻歌を歌って、音楽をつくって、ギターを奏でて。家族のことを想いながら、今日も学びを深めて、人生を楽しんでいきたい。
僕はいま、多くの欲求を満たしてもらっている。安心して生きられて、安全に安定して生活できて、家族や仕事も安定し、所属も叶っている。人とのつながりも豊かで、自尊心や人からの承認もしっかりと心に根付いている。だからこそ、余裕をもって、自分の成長や、自己実現のステージに向き合えている。これほど贅沢なことはないと思う。
今日もそれぞれが、それぞれの場所で懸命に生きている。泣いたり、笑ったりしながら――そのことを想うだけで、僕は幸せだ。
さあ、今日もみんなの名前を心で呼び、顔を浮かべる。離れていても、いつも心は隣にいる。同じ空の下で、つながっている。
じゃあ、またね。バイバイ。愛してるよ。