✍️降伏とビルマとじいちゃんと僕

戦争が終わったから、じいちゃんが生き延びた。そして、僕がここにいる。

おはよう!明日は、日本が第二次世界大戦で降伏した日だ。今日はその前日。この時期になると、心がざわつく。僕の祖父、つまり父の父は、第二次世界大戦中にビルマに出兵していた。広島と長崎に原爆が投下され、日本が降伏を宣言し、戦争が終結したことで、祖父は日本に帰ることができた。その後、彼は僕の父を授かり、最終的に僕が生まれた。つまり、祖父が生き延びたからこそ、今の僕がいる。

戦争は、多くの命を奪い、降伏までに日本も大きな犠牲を払った。アメリカによる致命的な打撃で、日本が降伏し、祖父が日本に帰れたことで僕が生まれた。しかし、もしあの日、日本が降伏していなかったら、僕が生まれていない可能性が高い。原爆がなければ、日本の降伏が遅れ、戦争が長引き、さらに多くの人々—日本兵や外国の民間人、日本の国民—が犠牲になっていたかもしれない。祖父もビルマで飢え死にしていた可能性がある。

こうした事実は複雑で恐ろしい。戦争や平和は単純な問題ではない。自分の命や幸せだけを考えると答えは出ない。多くの命、皆の幸せを考えなければならない。しかし、あの日、日本が降伏したおかげで僕が生きていると考えると、それを喜ぶわけにはいかない。多くの命が犠牲になっているからだ。

僕の命も大切だが、もっと多くの犠牲になった命を考えると、この問題は非常に難しい。何が正解かは分からない。ただ、今を生きている僕らにとって、当時の戦争は悲しい出来事だった。誰にとってどの結果が良いかは人それぞれだが、戦争はやはり良くない。結果はどうであれ、当時は多くの人にとって悲しいことだった。しかし、その一方で、誰かにとっては救いだった。それが戦争の恐ろしさであり、複雑さでもある。

今僕がここにいるのは、そうした複雑な歴史の結果だ。僕は戦争や原爆を肯定しているわけではない。僕が生まれたことに感謝するという問題でもない。ただ、あの日の出来事があって、祖父が生き延び、僕が生まれた。だからこそ、僕は自分の命を重く考え、平和に対して特別な思いを抱いている。

今日もお盆の真っ只中。多くの人が先祖の供養や自分のルーツに思いを馳せているかもしれない。そして夏休みを楽しんでいる人もいるだろう。とにかく、今を精一杯生きるしかないんだ。それが僕らにできる唯一のことだよ。では、またね。

松永 修 – MUSICおさむ

松永 修|MUSICおさむ|国家公務員|キャリコン|作家・メディアクリエイター/音楽クリエイター(シンガーソングライター)|DTM作編曲

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