おはよう。今日も気持ちのいい朝だ。
今週は、久々に仕事に余裕がある。
僕の夢は、ずっと変わらない。「家族の幸せ。そして、みんなの笑顔」。
これはきれいごとでも何でもなくて、
たぶん僕の根っこの部分にずっとある“生きるバイタリティの源”だと思ってる。
他人から驚かれるぐらいの集中力、継続力、根気、やる気、情熱の源は、
子どもたちと家族と幸せな日々を過ごしたい、それだけだ。
誰かの役に立ちたいとか、成し遂げたいとか、
そんな言葉よりも前にあるのが、
「大切な人にちゃんと気持ちを伝えること、繋がること、育むこと、分かち合うこと、笑い合うこと」。
それがずっと、自分の動機だった気がする。
そのための手段のひとつが、僕にとっては“音楽”だった。
音楽は、プロになることが目的じゃなかった。
10代や二十代には憧れたこともあるけど、
30代、40代になってからは、明らかにそれとは違う意味づけだった。
むしろ“仕事にしないからこそ守れるもの”がある。
音楽が「義務」になってしまったら、
僕はきっと、ここまで純粋に続けられてなかったと思う。
夜中に録音したデモ。
すきま時間にこっそり書いたメロディ。
配信を通して、誰かから届いた一言の感想。
そのどれもが、夢が“叶っている”ことの証明だったと思ってる。
でも、僕にとっての“到達点”はもっとはっきりしていて──
あのとき、僕にとって世界で一番大切な存在の子どもたちと、
音楽でつながったこと。一緒になったこと。伝わったこと。
一緒に作ったこと。絆が深まった瞬間。
あの時、あの瞬間に──
「ああ、本当にやってよかった」
「ああ、夢が叶った」って、心の底から思えたんだ。
本当に。本気で、あの時、今日死んでも悔いはないやと思えるほどの連続だった。
僕は今も、音楽と一緒にいる。
今は、大切な存在に大切な気持ちはもう、十分に伝わってるから、
これからは次のステージへ。
伝えたい想いを、ちゃんとカタチにし続けること。
そして、今の幸せを維持すること、広げていくこと。
それだけで、もう十分じゃないかと思えるようになった。
夢は、もう叶ってる。
だから音楽は、夢のための「手段」ではなく、
僕の「相棒」だと思ってる。
この先もずっと、隣にいてくれる存在。
お金儲けや地位や名誉、有名になるためじゃない。
ただ、あの子たちと幸せに一生を終えたいだけ。
でも、その願いや想いが、たまたま誰かの琴線にふれて、
救いになったり力になったりするなら──
それはもう“たなぼた”のような広がりのステージに入ってるということだと思ってる。
音楽以外にもね、僕には、同時にやりたい夢がある。
学びたいことも、挑戦したいことも、まだまだたくさんある。
でもそれは、肩書きとか立場とかじゃない。
「誰のために、どんなふうに生きていきたいか」っていう問いに、
ちゃんと向き合っていきたいっていうだけ。
たとえば、誰かの選択に寄り添える人間でいたい。
誰かの気持ちが、ちょっとでも整うような言葉を紡げる人間でありたい。
今の本業の専門分野を生かしてさらに拡充して、
いずれは自分で独立してやっていきたい──
そんな思いも、実はあって。
これは、僕が還暦になる頃に実行する計画として立てている。
今はその“種まきの時期”だと思っている。
週末は、ついに資格試験の一次試験。
これも未来への種まきのひとつ。
歌も、書くことも、勉強も。
全部「自分を生きる手段」なんだと思う。
誰かの期待や評価に合わせて、何かを選ぶんじゃなくて、
ちゃんと「自分の温度」で決めたい。
その選択の先に、音楽がいてくれたら、それだけでうれしい。
これからも、自分のままで。
誰かと分かち合って、支え合って、笑い合えるように。
そんな日々を、歌にして残していくつもり。
みんな、元気でいてくれてるといいな。
また話そう。また歌おう。
また、笑い合おう。また触れ合おう。
みんなのこと、いつも想ってる。
愛してる。
今日もありがとう。バイバイ。
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