おはよう。今日は、実は風邪をひいて休んでいる。そこまで熱があるわけではないが、昨日の出張で声を出しすぎて、気管支炎と声帯の炎症がぶり返したから、今日はまったく声も咳も出さない環境に徹するためだ。昨夜も、声を発するときは囁き声で、声帯を使わないよう徹底した。
心も体も比較的元気だが、大事をとった静養というところだ。いつもどおり朝早く起きて、家族のために朝ごはんと弁当を作って、みんなを送り出してから、二階の寝室にもどり、窓の外をのんびりながめながら、ひさしぶりに二度寝でもしてみたい。気管が炎症を起こしているせいか、どことなく熱っぽくて、いくらでも眠れる。今日は本当にゆっくりしよう。歌も音楽も仕事もお休みだ。
さて、今日は、原点の話をしたい。
物理的に、いや命にとって、いや、地球上のすべてにとっての原点。
けっしてスピリチュアルではない、現実の理の話だ。
この壮大な原点を思い返すことで、目の前の生活や行動に活かしてほしいからだ。
◾️太陽──「存在の前提」としての圧倒的現実
太陽がなければ、生命どころか、惑星そのものも存在しない。
地球を包む大気の流れ、海流、風、季節、時間の概念までも、すべて太陽の活動が作り出している。赤道付近の熱エネルギーが上昇し、極地に向かう空気の循環が気候を生み出し、光の角度が植物の光合成を支え、その酸素を僕らが吸っている。
つまり、太陽とは「生かされる仕組み」そのものだ。
光だけではない。
太陽からは、可視光・赤外線・紫外線だけでなく、粒子や磁場の波が絶え間なく地球に届いている。太陽風と地球の磁場がぶつかることで生まれるオーロラ。あれも、壮大なエネルギーの衝突の結果にすぎない。
僕らの電子機器、通信衛星、GPS──そのすべてが、この太陽活動に左右される。つまり、太陽は生命を育む一方で、文明そのものの“脈拍”を支配している。
◾️「たったひとつ」の偶然が、奇跡を生んでいる
地球は太陽からおよそ1億5000万km。ほんの少し距離が違えば、海は凍りつくか、蒸発してしまう。
この絶妙な位置が、液体の水を保ち、生命の化学反応を可能にしている。
いわば、太陽と地球の間にあるのは「生命のゆらぎが許される奇跡の帯」だ。
その太陽は、地球の約100倍の直径を持ち、100万倍以上の体積を持つ巨大な核融合炉だ。
1秒間に放出するエネルギーは、地球全体が数十万年かけて消費する量に匹敵する。
その一部が、8分19秒かけて光となって地球に届く。
つまり、僕らが今見ている朝日の光は、8分19秒前の太陽の姿だ。
たったそれだけの時間差なのに、そこに「時空の実感」が宿っている。
このスケールの上に、僕らの日常は乗っかっている。
◾️エネルギーを“外から”ではなく“内から”受け取る
太陽のエネルギーは、単に空を照らすだけではない。
それは植物の光合成を経て、食物となり、エネルギーとなり、僕らの体内を巡っている。つまり、太陽は「外の存在」ではなく、すでに僕らの中を流れている。
僕らがごはんを食べることも、呼吸することも、すべて太陽のエネルギーを内在化している行為だ。
だから、「太陽の力を取り入れる」とは、特別なことをする意味ではない。
食べる・寝る・動く──それらを丁寧に行うことが、すでに太陽との共鳴なんだ。
◾️僕らは太陽の中で生きている
僕らは太陽に照らされているのではなく、太陽のエネルギー圏の中に生きている。
その中で、呼吸をし、働き、考え、愛している。
それを忘れてしまうと、自分を宇宙の外に切り離してしまう。
それでは、何が起きているのかを知らずにただ生きている蟻や動物たちと同じだ。
人間は知的生物。たくさんの宇宙の仕組みを解明してきた。もちろん、それでもまだほんの一部で、計り知れない次元で宇宙はそこにある。
けれど、せめて立ち位置を知ることは、大きなアドバンテージだ。
だからこそ、今日一日、目を閉じて、陽の光を頬で感じながら「お陰様でここにいる」ことを意識したい。
それだけで、体の内側にもう一度、エネルギーの流れが戻ってくる。
さて、今日も、そんなことを考えながら、宇宙の仕組みに感服し、感謝しながら、生かされる命をできるかぎり有意義にすごしていきたい。
僕はもう、子を沢山残した。しかも、みんな健全で、いい子たちばかりだ。
ある意味で、大きな使命は十分全うした。
これからは、より豊かに、より幸せに、そのすべてを底上げしていく営みだ。もう、余力の中の遊びのゾーンだ。
みんなもそれぞれ、あなたひとりが主役。ここまで一生懸命、紆余曲折を経て生きてきただろう。
同じ空の下、支え合いながら、みんなそれぞれが主役。
実現の軌跡を誇りに思い、互いを敬いながら。
愛してる。ありがとう。では、また。






