日々のことば(ブログ)
✍️8月21日はなぜ「献血の日」?|血液はつくれない。命は今日も善意でつながっている

✍️8月21日はなぜ「献血の日」?|血液はつくれない。命は今日も善意でつながっている

おはよう。8月21日は「献血の日」である。1964年8月21日、日本政府が、輸血に必要な血液を献血によって確保する体制をつくると閣議決定したことに由来する。

献血とは、病気の治療や手術などで輸血を必要とする人のために、健康な人が自分の血液を無償で提供するボランティアだ。血液は現在も人工的につくることができず、長期間保存することもできない。だから献血は、一度たくさん集めれば終わるものではなく、毎日少しずつ誰かの善意を受け取り続けなければ成り立たない仕組みなのである。


8月21日が「献血の日」になった理由

いまでは当たり前のように使われている「献血」という言葉だが、日本の輸血用血液が、初めから無償の献血で支えられていたわけではない。

かつての日本では、自分の血液を提供してお金を受け取る「売血」が広く行われていた。生活のために短い間隔で売血を繰り返す人もおり、赤血球が十分に回復していない血液は、血球が少なく血漿の黄色が目立つことから「黄色い血」と呼ばれた。

頻繁な売血は、血液を提供する人自身の健康を損なうだけでなく、輸血後肝炎などの問題にもつながった。1964年には、駐日アメリカ大使だったエドウィン・ライシャワー氏が輸血後に肝炎を発症したことや、学生たちによる「黄色い血」の追放運動などを背景に、血液事業のあり方が大きな社会問題となった。

そこで政府は1964年8月21日、輸血用の血液を献血によって確保する方針を閣議決定した。この日が、現在の「献血の日」の由来である。


当時、献血由来の血液はわずか2%ほどだった

日本赤十字社によると、1963年の時点で、輸血用血液のうち献血によって集められたものは、わずか2%程度だったという。

それが閣議決定から約10年で、輸血用血液を献血でまかなう国内自給体制へ移行した。制度だけで突然変わったのではない。学生による運動、地域の呼びかけ、献血に協力した一人ひとりの行動が重なり、売血に依存していた社会の仕組みそのものを変えていったのだ。

献血の日は、単なる記念日ではない。人の命や血液を、お金で売り買いする仕組みから、誰かを思う無償の行動で支える仕組みへ転換した日でもある。これは、なかなかすごい歴史だと思う。


献血された血液は、そのまま使われるとは限らない

献血された血液は、すべて同じ形で患者へ届けられるわけではない。

輸血用血液製剤には、酸素を運ぶ赤血球を補う「赤血球製剤」、出血を止める働きを助ける「血小板製剤」、血液を固める成分などを含む「血漿製剤」などがある。現在は、患者に必要な成分だけを補う「成分輸血」が主流になっている。

つまり、一口に輸血といっても、必要とされる血液の成分は、病気や治療によって違う。交通事故や大きな手術だけでなく、がんをはじめとする病気の治療など、日常の医療を支えるためにも血液製剤は使われている。

献血は、目の前で起きた緊急事態だけを救うものではない。普段は見えない病室の中で、今日も治療を続ける誰かの命を支えている。


なぜ献血は「継続」が必要なのか

大きな災害や事故が起きると、多くの人が「献血に行こう」と考える。しかし、血液は一度に大量に集まればよいというものではない。

血液は生きた細胞であり、長期保存ができない。特に血小板製剤の有効期間は、採血後4日間と短い。そのため、必要な量を安定して届けるには、特定の日に協力が集中するだけでなく、年間を通して途切れずに献血が行われることが大切になる。

一方、日本赤十字社によると、10代から30代の献血協力者は、2015年の約204万人から2025年の約156万人へ、この10年間で約48万人減少した。少子高齢化が進むなか、血液を必要とする人を支える側が減っていくことは、これからの社会にとって小さくない課題である。


注射が怖い。それでも献血へ行った

僕は注射が苦手だ。苦手というより、怖くて仕方がない。検査で少し血を抜かれるだけでも、気を失いそうになるほど怖い。

それでも、AB型の血液が不足しているという案内を見て、これまで何度か献血を頑張ったことがある。成人男性の400mL献血は、500mLのペットボトル一本に近い量だ。それを考えただけでも気絶しそうだったが、それでも誰かのためになるのならと思って腕を差し出した。

献血が終わった後には、お菓子や飲み物などをもらった。本当に怖かった。それでも、自分の体には血をつくる力がある。その力があるうちに、この血を必要としている誰かがいるのなら、くれてやろう。そんな気持ちだった。

怖くないから献血したわけではない。怖かったけれど、それよりも「誰かのためになるのなら」という思いが、ほんの少しだけ勝ったのだ。


献血できない人が、申し訳なく思う必要はない

献血には年齢、体重、体調、服薬、治療歴、渡航歴などに関する基準がある。本人と輸血を受ける人、双方の安全を守るためだ。

だから、献血したくてもできない人はいる。体調が悪い日に無理をするものでもなく、基準に合わない人が申し訳なく思う必要もない。

献血について知ること。家族や友人と話すこと。必要なときに正確な情報を共有すること。そして、条件を満たす人が、自分の体調と相談しながら無理のない範囲で協力すること。その一つひとつが、献血を支える力になる。

善意は、無理をした瞬間に善意ではなくなってしまう。できる人が、できる日に、できる範囲で。それでいい。


血液はつくれない。けれど、つながりはつくれる

血液は、科学が進んだ現在でも人工的につくることができない。長く保存しておくこともできない。けれど、人と人とのつながりはつくることができる。

名前も顔も知らない誰かが差し出した血液が、病院で治療を受ける別の誰かの命を支える。助けた人と助けられた人は、きっと一生会わない。それでも確かに、命と命はつながっている。

献血の日は、「今日、献血へ行かなければならない日」ではない。まずは、いま自分が生きている社会が、見えない誰かの善意によって支えられていることを知る日でいい。

自分の血液が、誰かの明日になることがある。誰かの血液によって、自分や大切な人の明日が守られることもある。当たり前に続いている今日の向こう側には、名前も知らない誰かの優しさがある。

注射が怖くてもいい。できる人が、できる日に、できる形で協力しよう。

今日も、誰かの命を思いながら、愛と感謝を胸に、自分にできる一歩を大切にしていこう。


主な確認資料


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広島で、家族と日常を大切にしながら、音楽と文章をつくっています。作詞・作曲から、歌、演奏、録音、映像、発信まで、自分の手で育てています。音と言葉で、人生に小さな灯りを。

松永修が運営する個人事業「言と音LIFE BASE」の創作ブランドが「MUSICおさむ」です。

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