日々のことば(ブログ)

✍️熊本で震度7――災害直後、遠くにいる僕らにできること|正しい情報・支援・備えを考える

おはよう。地震が起きた瞬間、僕は広島で仕事の電話をしていた。

電話の途中で揺れを感じ、周囲がざわざわし始めた。僕も電話の相手に「今、地震です」と伝えた。相手は最初、「え、揺れていませんよ」と答えたが、ほんの一秒ほどして「あ、本当ですね」と言った。

やがて揺れは収まり、僕らはそのまま仕事の話を続けた。ところが、その後にもう一度、大きな揺れが来た。そのときはさすがに仕事の話を止め、「少し怖いですね。切りますか」と話し、電話を終えた。

ニュースを確認して、熊本県熊本地方で大きな地震が発生したことを知った。そして今、僕の中には一つの自問が残っている。

あのまま電話を続けて、本当によかったのだろうか。


熊本で最大震度7、広島でも感じた揺れ

2026年7月28日16時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とする地震が発生した。気象庁のCMT解では、地震の規模はマグニチュード7.1、震源の深さは約10キロとされている。気象庁のCMT解

消防庁の第15報では、宇城市と氷川町で最大震度7を観測。有明・八代海に発表された津波注意報は、同日18時10分に解除された。人的被害が報告され、救助活動も続いている。消防庁「被害及び消防機関等の対応状況(第15報)」

政府は被害状況の把握、人命を第一とした救命・救助、国民への適時適切な情報提供を指示し、熊本県も地震発生と同時に災害対策本部を設置した。首相官邸熊本県知事コメント

ただし、これは今も状況が動いている災害である。2026年7月30日に確認できた消防庁の掲載資料は、7月29日11時時点の第15報だった。資料自体にも、速報であり数値は今後変わることがあると明記されている。そのため、この記事では死傷者、避難者、住家被害などの変動中の数字を固定しない。

一つひとつの数字の向こうには、それまで続いていた暮らしがある。


あれから10年。熊本の景色は、今も記憶に残っている

今回の地震で、10年ほど前の記憶がよみがえった。

父が一時期、熊本で暮らしていたことがある。僕も熊本を訪れ、さまざまな場所を歩いた。建物や神社、観光地を巡り、写真も撮った。そのときに見た景色は、今も鮮明に残っている。

その少し後、平成28年熊本地震が発生した。気象庁によると、2016年4月14日に益城町で震度7を観測し、その約28時間後の4月16日にも、益城町と西原村で震度7を観測した。観測史上初めて、同じ地域で震度7が立て続けに起きた地震だった。気象庁「平成28年熊本地震」熊本県「熊本地震から10年」

報道で、僕が訪れた建物や神社、観光地が大きく傷ついているのを見た。自分が実際に歩き、写真に残していた場所が崩れていく光景に、強い衝撃を受けたことを覚えている。

それから10年。復旧と復興が積み重ねられ、熊本では多くの教訓が次の災害への備えにつなげられてきたはずだ。それでも、再び大きな揺れが起きた。

もちろん、今回被害が発生したという事実だけで、これまでの対策が不十分だったと決めつけることはできない。耐震化、避難、情報伝達、救助体制などが実際にどう機能したのかは、被害状況が落ち着いた後に丁寧な検証が必要になる。

それでも、問いは残る。10年前の教訓を、僕らはどこまで自分の行動に変えられただろう。

熊本ではどうだったのか。僕が暮らす広島ではどうだろう。そして、今この記事を読んでいるあなたの場所ではどうだろう。


揺れの大きさは、揺れ始めた瞬間には分からない

僕は最初の揺れが収まったあと、仕事の電話を続けた。それは、ごく自然な行動だったのかもしれない。揺れが収まれば、目の前の仕事へ戻る。日常の中で何度か小さな地震を経験していると、「今回も大丈夫だろう」と無意識に判断してしまう。

けれど、もし僕がいた場所も震度7だったら、電話を続けている場合ではなかった。天井や照明が落ちてくるかもしれない。棚や家具が倒れるかもしれない。出口がふさがれるかもしれない。周囲に助けを必要とする人がいるかもしれない。

そして最も怖いのは、揺れが始まった瞬間には、それが震度4で終わるのか、震度7まで強くなるのか、自分には分からないことだ。

電話を切るか、仕事を続けるかを考えるより先に、まず頭を守り、落下物や倒れそうな物から離れ、安全な場所へ移動する。丈夫な机があれば、その下に入る。

気象庁は、緊急地震速報を見聞きしたときも、先に揺れを感じたときも、取るべき行動は同じだとしている。屋内では頭を保護し、丈夫な机の下など安全な場所へ避難し、慌てて外へ飛び出さないことが基本になる。気象庁「緊急地震速報を見聞きしたときは」

今振り返れば、僕が最初にすべきだったのは、仕事の話を続けることではなく、自分と周囲の安全を確認することだったのだと思う。

これは自分を責めるための反省ではない。次に揺れたとき、身体が先に命を守る行動を取れるようにするための反省である。


一番怖いのは、地震そのものへの「慣れ」かもしれない

危機感の甘さ。日常への慣れ。小さな揺れを何度か経験するうちに生まれる「今回も大丈夫だろう」という感覚。それが、災害時の最初の行動を遅らせる。

頭では、地震が起きたら机の下へ入ると知っている。避難経路や非常持ち出し品が大切なことも知っている。しかし、本当に揺れた瞬間、人はいつもの行動を続けてしまう。

仕事中なら仕事を続ける。料理中なら鍋に手を伸ばす。スマートフォンを見ていたら、緊急地震速報の内容を読み続ける。だが、大きな揺れの前に残されている時間は長くない。

「知っている」と「身体が動く」の間には、大きな距離がある。

その距離を埋めるものが、日頃の確認や訓練なのだと思う。机の下へ実際に入ってみる。職場の安全な場所を確認する。避難口までの通路を見る。周囲にいる人と、揺れたときの行動を話しておく。

防災は、非常食を買って終わるものではない。最初の数秒にどう動くかを、日常の中で身体に覚えさせることでもある。


災害直後、遠くにいる僕らにできること

現地から離れた場所にいると、「何かしなければ」と焦る。その気持ちは大切だ。けれど、善意は急ぐほどよいとは限らない。遠くにいるからこそ、落ち着いてできる支援がある。

確かな情報だけを扱う

災害時のSNSには、現地からの重要な情報とともに、古い情報、場所の異なる映像、根拠のない被害情報も流れ込む。

情報を見るときは、誰が発信したのか、いつ更新されたのか、元の公式発表へたどれるか、ほかの公的機関も同じ内容を発表しているかを確認したい。日時や出典の消えたスクリーンショットだけを広げない。分からない情報は、「未確認」のまま止める。

拡散しないことは、冷たいことではない。不確かな情報を止めることも、被災地を守る行動の一つである。

寄付は使い道と正式な窓口を確認する

日本赤十字社の場合、義援金は義援金配分委員会を通して被災した人へ配分される。一方、赤十字の活動資金は、医療救護や物資配付などの活動を支えるために使われる。日本赤十字社「活動資金と義援金 何が違うの?」

どちらが正しいという話ではない。被災した人へ直接届くお金を託したいのか、救護や復旧を担う団体の活動を支えたいのか。名前だけでなく、使途を確認して選ぶことが大切だ。

7月30日の確認時点では、日本赤十字社の受付中一覧に、今回の地震を対象とした専用義援金は掲載されていなかった。日本赤十字社の受付中一覧

今後、正式な受付先が発表される可能性はある。SNSに流れてきた口座番号だけを信じず、自治体や支援団体の公式サイトから確認したい。

物資とボランティアは、求められてから動く

個人からばらばらに届く物資は、仕分け、保管、配送に人手と場所を必要とする。必要な品目、数量、送り方が公式に示されるまでは、送らないことも支援になる。

ボランティアも同じだ。受け入れ準備が整う前に現地へ向かえば、道路、宿泊、燃料、食料などに新たな負担を生むことがある。現地の災害ボランティアセンターが示す募集地域、条件、装備、登録方法を確認してから動く必要がある。

動きたい気持ちを、いったん待機させる。それもまた、被災地を中心に考えた行動である。


熊本の地震を、自分の場所の備えへ変える

10年前に訪れた熊本の風景。平成28年熊本地震で受けた衝撃。そして今回、広島で仕事の電話中に感じた揺れ。これらは僕に、「地震はニュースの中だけで起きるものではない」と改めて問いかけている。

広島だったらどうだろう。自分の職場だったら。自宅だったら。夜中だったら。家族や大切な人と離れているときだったら。

今いる場所で天井や照明が落ちてきたら、どこへ身を寄せるのか。家具が倒れたら、出口はふさがれないか。揺れた瞬間、仕事や電話を止めて、命を守る行動へ切り替えられるか。

水や食料の備蓄も必要だ。政府広報では、水は一人一日3リットル、食品は最低3日から1週間分の備蓄が望ましいとしている。政府広報オンライン「家庭備蓄のポイント」

しかし、物をそろえるだけでは十分ではない。地震が起きた瞬間、何をやめ、どこへ動くのか。それを本気で考えなければならない。


善意と反省を、次の行動へ

災害直後、遠くにいる僕らにできることは派手ではない。確かな情報を選ぶ。未確認情報を広げない。正式な支援窓口を待つ。そして、自分の暮らしと職場の備えを一つ進める。

今回、僕は揺れを感じながら仕事の電話を続けた。その経験から残った自問を、後悔だけで終わらせたくない。次に揺れを感じたときは、仕事より先に命を守る。自分の安全を確保し、周囲の人にも目を向ける。

「大丈夫だろう」という慣れを、「まず身を守る」という行動へ変えていく。

今も不安の中にいる方々、救命・救助、医療、避難所、復旧の現場で力を尽くしている方々に、心から敬意を送りたい。

あれから10年。そして今日。過去の記憶を、ただ思い出すだけで終わらせない。今日という一日、目の前にいる大切な人と暮らしを守るために、できる備えを一つ進めよう。

被災された方々に一日も早く穏やかな時間が戻ることを願い、今日も愛と感謝を胸に。


広島で、家族と日常を大切にしながら、音楽と文章をつくっています。作詞・作曲から、歌、演奏、録音、映像、発信まで、自分の手で育てています。音と言葉で、人生に小さな灯りを。

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