日々のことば(ブログ)

✍️「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に|19の遺跡が語る日本の国づくりと、守るということ

おはよう。「飛鳥・藤原の宮都」が、2026年7月26日、韓国・釜山で開かれた第48回世界遺産委員会で、世界遺産一覧表に記載されることが決まった。

奈良県の橿原市、桜井市、明日香村にまたがる19の遺跡から成る文化遺産だ。中国大陸や朝鮮半島との交流のもと、6世紀から8世紀の日本で中央集権国家が誕生し、形を整えていった過程を、飛鳥と藤原という二つの宮都の変遷から伝えている。

日本の世界遺産としては27件目。文化遺産では22件目になる。

「世界遺産になった」という華やかなニュースだけで終わらせず、どこにあり、何が評価され、これから何を守っていくのかを考えてみたい。


飛鳥・藤原の宮都はどこにあり、何がすごいのか

「飛鳥・藤原の宮都」は、奈良盆地南部にある連続した二つの古代宮都を、ひとまとまりの歴史として見る世界遺産だ。

飛鳥の宮都は、おおむね588年から694年。藤原の宮都は694年から710年。宮殿や役所だけではなく、仏教寺院や有力者・天皇の墓まで含めて、国家の中心がどのように形づくられていったのかを示している。

一つの大きな建物だけが評価されたのではない。

宮殿、役所、寺、墓、そしてそれらが置かれた土地の関係。そこに残る考古学的な証拠をつなぐことで、日本の国づくりの過程が見えてくる。その「つながり」こそが、この世界遺産の大きな特徴だ。


19の構成資産

構成資産は、飛鳥の宮都に関わる12件と、藤原の宮都に関わる7件の合計19件だ。

飛鳥の宮都

  1. 飛鳥宮跡
  2. 飛鳥京跡苑池
  3. 飛鳥水落遺跡
  4. 酒船石遺跡
  5. 飛鳥寺跡
  6. 橘寺跡
  7. 山田寺跡
  8. 川原寺跡
  9. 檜隈寺跡
  10. 石舞台古墳
  11. 菖蒲池古墳
  12. 牽牛子塚古墳

藤原の宮都

  1. 藤原宮跡
  2. 大官大寺跡
  3. 本薬師寺跡
  4. 天武・持統天皇陵古墳
  5. 中尾山古墳
  6. キトラ古墳
  7. 高松塚古墳

石舞台古墳、高松塚古墳、キトラ古墳など、教科書やニュースで見聞きした名前もある。一方で、19件を一つの物語として見たことがない人も多いのではないだろうか。

世界遺産登録は、それぞれの遺跡を単独で見るだけでは分かりにくかった「国が生まれていく流れ」を、改めて結び直すきっかけにもなる。


登録基準(ii)と(iii)が示すもの

今回認められた登録基準は、(ii)と(iii)だ。

基準(ii)では、中国大陸や朝鮮半島との交流、仏教の伝来、そして後の時代へ与えた文化的な影響が評価された。

基準(iii)では、中央集権体制を基盤とする東アジアの古代宮都が形成されていく過程を、飛鳥宮や藤原宮などの立地、配置、関係性の変化から示す重要な証拠であることが評価された。

日本の歴史だけを内側から見るのではなく、東アジアとの交流の中で日本の国家が形づくられた。その動きを、今も土地の上で読み取れることに世界的な価値が認められたのだ。


教科書の歴史と、土地に残る歴史

飛鳥時代と聞くと、人物名や年号、制度の名前が先に浮かぶかもしれない。

けれども、歴史は文字の中だけにあるのではない。

なぜここに宮殿が置かれたのか。寺と政治はどう関わったのか。都はなぜ飛鳥から藤原へ移ったのか。周囲の山々は、当時の人々にどう見えていたのか。

実際の地形や遺跡の位置を重ねると、教科書で別々に覚えた出来事が、一つの時代の動きとしてつながり始める。

僕が今回いちばん心に残ったのは、立派な建物がそのまま残っているからではなく、見えにくい痕跡の関係から国づくりの過程を読み解けることが評価された、という点だ。

何もないように見える場所にも、積み重なった時間がある。知ろうとすることで、初めて見えてくる風景がある。


世界遺産になることで、何が守られるのか

世界遺産委員会の決議は、登録を祝うだけの内容ではなかった。

大和三山と藤原京の関係を伝える重要な眺望を守ること。キトラ古墳と高松塚古墳から取り外された壁画の保存と原位置復帰に関する科学的研究を続けること。交通による振動を監視すること。災害などのリスクへ備えること。そして、地域住民や社寺を利用する人たちの権利を管理計画へどう組み込むかを明確にすること。

こうした勧告を見ると、世界遺産は登録された瞬間に完成するものではないと分かる。

守る対象は遺跡そのものだけではない。山々を望む風景、静かな環境、地域で続いてきた暮らしや信仰、そして次の世代が学べる状態まで含まれている。


観光と保全をどう両立するか

登録直後のいま、「飛鳥藤原の宮都」を調べる人が増えている。Google Trendsの検索動向は関心の高まりを知る参考にはなるが、それだけで世論や評価を表すものではない。

注目が集まり、現地を訪れる人が増えることは、遺産の価値を知ってもらう機会になる。一方で、交通、振動、混雑、ごみ、静かな景観への影響にも目を向けなければならない。

「たくさん来てもらうこと」だけを成功にしない。

事前に価値を知り、決められた場所を歩き、地域の暮らしに配慮し、急いで消費するのではなく土地のつながりを感じる。訪れる側にも、遺産を守る役割があるのだと思う。

世界遺産になったことで変わるものと、変えてはいけないもの。その両方を考え続けることが大切だ。


子どもと歴史を学び直すきっかけに

19の構成資産を地図で探し、「宮殿」「寺」「墓」に分けてみるだけでも、歴史の見え方は変わる。

なぜ仏教が国づくりと関係したのか。外国との交流から何を学び、日本は何を自分たちの形にしていったのか。都をつくるとは、どんな仕組みをつくることだったのか。

年号を覚えるだけではなく、問いを持って歴史を見る。

世界遺産登録は、子どもと一緒に古代日本を学び直す、いい入口になると思う。すぐに現地へ行けなくても、地図や写真から始められる。そして、いつか土地を訪ねたとき、目の前の静かな風景が、教科書の言葉とつながるかもしれない。


世界の宝になった今こそ、静かに向き合いたい

「飛鳥・藤原の宮都」は、日本の27件目の世界遺産になった。

けれども、本当に大切なのは件数ではない。

古代の人々が海を越えた交流から学び、試行錯誤を重ねながら国の形をつくった。その痕跡を、今を生きる僕たちがどう受け取り、次の世代へ渡すのか。

世界遺産になるとは、過去に勲章をつけることではなく、未来へ守り継ぐ約束をすることなのだと思う。

まずは知ることから。そして、訪れるときは、その土地に流れてきた時間と、今そこで暮らす人たちへの敬意を忘れないことから。

歴史を遠い昔の話で終わらせず、今日の自分たちへつながる物語として見つめ直したい。


公式情報


松永 修|MUSICおさむ

広島で、家族と日常を大切にしながら、音楽と文章をつくっています。作詞・作曲から、歌、演奏、録音、映像、発信まで、自分の手で育てています。音と言葉で、人生に小さな灯りを。

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