日々のことば(ブログ)
✍️夏休みが寂しい・友達と遊べないときへ|SNSに置いていかれそうな学生の君へ

✍️夏休みが寂しい・友達と遊べないときへ|SNSに置いていかれそうな学生の君へ

おはよう。この記事は、今日から本格的に夏休みを迎える小学生、中学生、高校生、大学生――学生の君へ向けて書いている。夏休みを楽しみにしている君も、少し不安な君も、友達やSNSのことで心が揺れる君も、君自身が読むための記事である。

このタイトルにある「夏休みが寂しい」「SNSに置いていかれそう」という言葉は、夏を楽しめていない人だけのものではない。

友達と遊ぶ予定がある。
やりたいこともある。
ゲームも、部活も、バイトも、恋愛も、旅行も楽しみだ。

それでも、ふとした瞬間に心細くなることがある。誰かの投稿を見て焦ることがある。自分だけ輪の外にいるように感じることがある。

そんな、楽しい気持ちと少し苦しい気持ちが同時にある君へ。この記事は、君の心を少しでも軽くするためのエールである。

困ったとき。
少し悩んだとき。
「自分だけかな」と思ったとき。

何度でも読みに来てほしい。

そして、もし君の周りに似たような気持ちの人がいたら、この文章をそっと渡してあげてほしい。大きな言葉でなくても、誰かの心を楽にするきっかけになるかもしれない。

夏休みを楽しみにしている君へ。そして、その楽しみの中に少しだけ寂しさや不安が混ざっている君へ。どちらの気持ちも、本当の君である。

今日から、平日の夏休みが本格的に始まる。


楽しい夏と、少し苦しい夏は両立する

海に行きたい。
友達と遊びたい。
ゲームをしたい。
バイトを始めたい。
部活を頑張りたい。
好きな人と会いたい。
旅行へ行きたい。
勉強や趣味に本気で向き合いたい。

夏休みには、楽しみがある。

それを「楽しみだ」と思えることは、すごく大事なことだ。君の中に、これからの毎日を待つ力があるということだから。

でも、楽しみな気持ちがあるからといって、ずっと元気でいなければいけないわけではない。

夜になると少し寂しい。
誰と遊ぶか決まっていない。
SNSを見ると焦る。
自分だけ、どこにも入れていないような気がする。

そんな気持ちも、夏休みの中にはある。

心理学では、うれしさと不安のように、少し反対に見える感情が同時にあることを「混ざり合う感情」と考える。楽しいのに少し寂しい。期待しているのに少し怖い。その両方を感じることは、特別なことではない。
mixed emotions

夏休みを楽しんでいる君も本当。少ししんどい君も本当。どちらかを消さなくていい。どちらも君だ。


SNSは敵ではない。でも、自分を責める材料にもいらない

SNSには、夏の楽しさが集まる。

海、花火、旅行、友達との写真。
ゲームの通話。
誰かの「最高だった!」という言葉。

見ていて楽しいこともある。会えない友達の近況が分かることもある。SNSがあるから、助けられた人も、つながれた人もいる。

だから、SNSを悪者にするつもりはない。
ただ、しんどくなったときまで、自分を比べるために見続けなくていい。

SNSに流れているのは、その人の一日の中でも「見せたい瞬間」である。君の何もない午後と、誰かのいちばん笑っている一枚を比べなくていい。

画面を閉じて、好きな音楽を一曲聴く。
冷たい飲み物を飲む。
少し外に出る。
誰かに「ひま?」とだけ送る。

その選択は、負けではない。自分の心を、自分で大切にする力である。


オンラインの輪に入れない日があっても、君の居場所は消えない

今の夏休みは、リアルだけではない。

ゲームのアカウント。グループチャット。SNSの相互フォロー。通話の輪。学校にいる間にできていた小さなつながりが、休みに入ると急に見えにくくなる。

「みんなはオンラインで遊んでいるのかな」
「自分だけアカウントを知らない」
「今さら入りたいと言ったら変かな」

そう思うこともある。
でも、つながるためのタイミングを逃したことと、君が誰からも必要とされていないことは、まったく違う。

「そのゲーム、まだやってる?」
「夏休み、どこかひまな日ある?」
「今度一緒にやらない?」

長文でなくていい。気の利いた言葉でなくていい。

短い一言は、ときどき、長い沈黙より強い。


楽しめる人は、楽しんでいい

この夏にやりたいことがあるなら、遠慮しないで楽しんでほしい。

友達と遊ぶこと。
恋人と出かけること。
バイトで初めてのお金を稼ぐこと。
部活で汗を流すこと。
ひとりで趣味に没頭すること。
家族と旅行に行くこと。

楽しいことを「自分だけ申し訳ない」と小さくしなくていい。
そして、もし君に少し余裕があるなら、周りも見てほしい。

いつもより静かな友達。
誘われるのを待っている友達。
オンラインに入ってこない友達。
楽しそうにしているけれど、少し無理をしている友達。

ヘレン・ケラーは、「一人ではできることは小さい。でも、一緒ならたくさんのことができる。」
と言ってたよね。

これは、大勢の人気者になれという意味ではないと思う。

「一緒に帰る?」
「今ひま?」
「これ、面白かったよ」

そんな小さな言葉でも、人をひとりにしない力がある。


自分を責めないところから、夏は少し動き始める

心理学者カール・ロジャーズには、こんな有名な言葉がある。

「ありのままの自分を受け入れたとき、人は変わり始める。」

※原文の趣旨を生かした日本語訳。

「もっと明るくならなきゃ」
「もっと友達をつくらなきゃ」
「夏休みを無駄にしちゃだめだ」

そうやって自分を追い立てる前に、まずは今の自分を置いていかない。

楽しいなら、楽しんでいい。
寂しいなら、寂しいと思っていい。
誰かに会いたいなら、会いたいと言っていい。

自分の気持ちを認めることは、止まることではない。
自分を責めるのをやめた場所から、人は次の一歩を選べる。


父として、君たちに伝えたいこと

僕は、父である。

子どもたちの気持ちをすぐ横で見てきた。楽しそうに笑う日もあれば、言葉にしないまま何かを抱える日もある。友達と全力で遊ぶ日もあれば、ひとりで自分の気持ちと向き合う日もある。

そして今も、それをリアルタイムで見ている。

親は、子どもの友達にはなれない。
クラスの輪の中に、代わりに入ることもできない。
誰かに誘われなかった寂しさを、代わりに消してあげることもできない。

そこは、子ども自身が歩いていく道である。
でも、親に何もできないわけではない。

話を否定せずに聞くこと。
「大丈夫?」と声をかけること。
SOSが出たとき、すぐに受け止められる場所でいること。
うまくいかない日にも、君の味方であり続けること。

それは、ちゃんとできる。

僕は子どもたちが、楽しい気持ちだけではなく、寂しさや悔しさ、迷いも感じながら、それぞれ自分の力で前へ進もうとする姿を見てきた。

助ける側の親が、子どもの人生を代わりに生きることはできない。けれど、その子が自分で乗り越える力を信じ、必要なときに支えられる場所でいることはできる。

それが親の愛なのだと思う。

学生の君へ。

今、ひとりで乗り越えようとしていることがあるなら、その力を僕は信じている。
でも、本当に苦しいときまで、ひとりで抱えなくていい。

「助けて」と言えたとき。
「ちょっとしんどい」と言えたとき。
その言葉を受け止めてくれる大人は、きっといる。

そして大人のみなさんへ。

子どもの代わりに答えを出せなくてもいい。友達の代わりになれなくてもいい。
ただ、その子が戻ってこられる場所でいてほしい。

子どもが自分で立ち上がる力と、助けを求められる安心。その両方を育てることが、いちばん深い支えになる。


君の夏休みは、君だけのものだ

予定がいっぱいの日もある。
何もない日もある。
笑える日もある。
少し泣きたくなる日もある。

その全部が、君の夏休みである。

誰かの夏と比べて、自分の夏を失敗にしなくていい。

今日を楽しく過ごせたなら、それでいい。
今日をなんとか終えられたなら、それも十分にいい。

苦しさが大きくなったときは、家族、先生、友達、地域の相談窓口へつながってほしい。うまく説明できなければ、「ちょっとしんどい」だけでもいい。子供のSOSの相談窓口|文部科学省

今日も、愛と感謝を胸に。

この夏、君が楽しみを受け取れて、寂しい日には誰かの言葉にたどり着けますように。
そして君自身も、誰かにとっての小さな光になれますように。


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松永 修|MUSICおさむ

広島で、家族と日常を大切にしながら、音楽と文章をつくっています。作詞・作曲から、歌、演奏、録音、映像、発信まで、自分の手で育てています。音と言葉で、人生に小さな灯りを。

松永修が運営する個人事業「言と音LIFE BASE」の創作ブランドが「MUSICおさむ」です。

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