日々のことば(ブログ)

✍️七夕の知られざる起源|中国の星伝説と日本の文化が育んだ、天の川の物語

今日は七夕。子どもの頃、幼稚園や小学校で短冊に願い事を書いた人も多いと思う。
笹の葉に揺れる色とりどりの短冊を見るだけで、「夏が来たなあ」と感じる。
親になってからは、今度は子どもたちが一生懸命に願い事を書いている姿を見るようになった。

七夕は、子どもの頃の思い出と、大人になった今の自分を不思議とつないでくれる行事でもある。そんな七夕について、今回あらためて調べてみると、「へぇ」と思うことがたくさんあった。

今日は、七夕にまつわる歴史と、星のロマンについて書いてみたい。


七夕は日本だけの行事ではなかった

実は、七夕の由来にはいくつかの説がある。

一般的には、中国から伝わった「織姫と彦星」の星伝説や、裁縫や書道など技芸の上達を願う「乞巧奠(きこうでん)」という行事が、日本古来の「棚機(たなばた)」という神事と結び付き、現在の七夕になったと考えられている。

つまり、中国から伝わった文化を、日本人が長い年月をかけて自分たちの文化として育ててきたということだ。
だから「七夕」と書いて「たなばた」と読む。

当たり前のように使っていた言葉にも、そんな歴史が隠れている。

奈良時代には宮中行事として行われ、平安時代を経て、江戸時代には庶民にも広まり、今では日本の夏を代表する年中行事の一つになっている。


願い事は「努力する人」のためだった

短冊に願い事を書くことも、もともとは今とは少し意味が違っていた。

「もっと字が上手になりますように。」
「裁縫が上達しますように。」
「学問が身につきますように。」

そんなふうに、自分の努力が実ることを願う意味合いが強かったと言われている。
願うだけではなく、自分も努力する。

だからこそ、願いには意味があったのかもしれない。


短冊の色にも意味がある

実は短冊には五色ある。

青や緑は成長。
赤は感謝や礼儀。
黄は信頼。
白は約束や正義。
黒、現在では紫が使われることも多いが、これは知恵や学び。

昔の人は、願い事の内容に合わせて色まで選んでいたそうだ。
日本の伝統文化は、本当に細やかで美しい。


織姫と彦星は恋人ではなく夫婦

これも今回知って驚いた。
織姫と彦星は恋人ではなく、夫婦だったという伝説が伝えられている。

結婚した二人は幸せのあまり仕事をしなくなってしまった。
それを見た天帝は二人を天の川の両岸へ引き離し、一年に一度、七月七日だけ会うことを許したという。

恋愛の物語というよりも、
「大切な人がいるからこそ、自分の役目も大切にする。」
そんな教えも込められているように感じる。


本当に空にある星だった

さらにロマンを感じたのは、この物語が実際の星と結び付いていることだ。
織姫は、こと座の一等星「ベガ」。
彦星は、わし座の一等星「アルタイル」。
そして、その近くには、はくちょう座の一等星「デネブ」。

この三つを結ぶと、「夏の大三角」になる。
今夜、夜空を見上げれば、遠い昔の人たちも見上げていた星空に思いを重ねることができる。

スマートフォンも、テレビも、街の灯りもない時代。
昔の人たちは、星を見上げながら家族の幸せや、自分の夢を願っていたのだろう。

そう思うと、同じ夜空が少し特別に感じられる。


「ささの葉さらさら」が聞こえてくる

七夕といえば、あの歌を思い出す。

「ささの葉さらさら
のきばにゆれる…」

歌を聴くだけで、子どもの頃の教室や、家の軒先に飾った笹を思い出す人も多いのではないだろうか。
人生には、いくつもの七夕がある。

子どもの頃の七夕。
親になって迎える七夕。
家族の健康を願った七夕。
大切な人の幸せを願った七夕。

そして、今日という七夕。

願い事は、年齢とともに少しずつ変わっていく。
昔は「なりたいもの」を願っていた。
今は「守りたいもの」が増えてきた。

それも人生なのだと思う。
今年の七夕は、短冊を書く人も、書かない人も、ほんの少しだけ夜空を見上げてみてほしい。

ベガやアルタイルという名前を知らなくてもいい。
天の川を見上げるだけで、昔の人たちが感じていたロマンに、少しだけ触れられる気がする。

遠い昔の人たちも、きっと同じ星を見上げながら、大切な人や未来を思っていたはずだから。
皆さんは、今年、どんな願いを心に描くだろうか。

愛と感謝を胸に。


松永 修 – MUSICおさむ

松永 修|MUSICおさむ|国家公務員|キャリアコンサルタント|作家・メディアクリエイター/音楽クリエイター(シンガーソングライター)|IT・AI設計・コンサルタント

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