日々のことば(ブログ)
✍️写真のバックアップはもう不要?GoogleフォトとiCloudで変わった写真管理の常識

✍️写真のバックアップはもう不要?GoogleフォトとiCloudで変わった写真管理の常識

おはよう。最近、本気で悩んでいたことがある。それは、「人生の膨大な数十万枚の写真をどこに保存するのが正解なのか」という問題だ。子どもの成長記録。家族旅行。ペットとの思い出。気が付けば写真も動画も膨大な量になる。僕は40代なので、写真管理の感覚が少し古い世代だ。昔は写真が増えたらパソコンに移す。そしてJPEG等の一般的な形式として、外付けハードディスクへ保存する。それが当たり前だった。実際、僕も何年もそうしてきた。ところが今回、ある出来事をきっかけに写真管理を根本から見直すことになった。結果から言うと、長年抱えていた「HDDへのバックアップのめんどくさい問題。HDDを卒業できない問題」はほぼ解決した。そして気づいたのは、僕自身が10年以上前の常識のまま写真管理をしていたということだった。


◾️今の若い世代はそもそも写真をバックアップしない

今の若い人たちと話していて思う。そもそも「写真をバックアップする」という発想自体があまりない。iPhoneで撮る。Androidで撮る。そのまま使う。終わり。なぜか。裏でiCloudやGoogleフォトが働いているからだ。昔のように「スマホの容量がいっぱいになるから写真を移動しなきゃ」という世界ではなくなっている。もちろん、ストレージ契約をしていない人は別だ。でも最近は、多くの人が意識しないままクラウドに助けられている。


◾️僕が長年勘違いしていたこと

ここ数年、ずっと不思議だった。写真を撮り続けているのに、なぜiPhoneの容量が思ったほど減らないのか。実は答えは単純だった。僕はiCloudを契約していた。しかも「iPhoneストレージを最適化」になっていた。つまり、iPhoneにはサムネイルだけ残る。本物の写真データはiCloudに保存される。必要な時だけダウンロードされる。Appleは何年も前から自動でやってくれていた。ところが僕の頭の中だけが昔のままだった。「写真が増えたらHDDへバックアップしなきゃ」と思い込んでいた。実際に調べてみると、iPhoneには25,000枚以上の写真と2,000本以上の動画が保存されていた。それなのに本体で使っている容量はわずか数GB。つまり、僕は何年も前からクラウド時代の恩恵を受けていたのに、それに気づいていなかったのだ。


◾️それでも残った「昔の写真問題」

今の写真はIPhoneのIOSのカメラロール経由のiCloudでいい。問題はそれ以前の大量の写真だった。昔の何十万枚の写真。子どもたちの幼少期。運動会。発表会。旅行。何十年分もの思い出。これを、同様に、IPhoneのIOSのカメラロールではなくて、分けて管理したいこともある。僕はそういった理由からは、過去写真は、長年、Googleフォトと外付けHDDの二重管理を続けていた。Googleフォトは便利だった。顔で検索できる。年月日で探せる。「◯年前の今日」が出てくる。実際に子どもたちと昔話をする時も、使っていたのはGoogleフォトだった。それなのに心の中では、「本当の正本はHDDだ」と思い続けていた。


◾️Googleフォトを信用できなかった理由

理由は単純だ。一昔前は、アップロード注意エラーも多かった。だから、本当に全部入っているのか分からない。アップロードエラーはないか。動画は抜けていないか。昔のアップロードは成功していたのか。こういう不安がある。だから消せない。だから残す。でも、その結果どうなるか。数年間開かないHDDが増える。それでも捨てられない。僕はまさにその状態だった。でも、今は、一昔前のGoogleフォトにくらべて、今は、アップロードもめちゃくちゃ早くなったし、エラーも格段に減った。いや、ほぼない。ストレージの最適化もすばらしい。超便利になっている。


◾️結局、執念で監査した

今回、思い切ってHDDとGoogleフォトの差分を確認した。全部は無理だ。何十万枚もある。人生が終わる。だからフォルダ単位、年代単位、イベント単位、動画単位でサンプル監査を行った。気付けば7時間。飲まず食わず。執念だった。結果はどうだったか。ほとんどGoogleフォトにあった。重要な写真も。重要な動画も。思っていた以上にGoogleフォトへ保存されていた。その瞬間、考え方が変わった。「もう、HDDいらんじゃん。Googleフォトだけでいいじゃん。」と。


◾️Googleフォトの容量表示が少なく見えて不安になる理由

ここでさらに不思議なことが起きた。HDDには何百GBもある。ところがGoogleフォトは十数GBしか使っていないkとになってる。「そんなわけないだろ」と思った。「大量の、HDDからGoogleフォトへの移行漏れがあるのでは?」って普通不安になる。でも考えてみると、Googleフォトには保存容量の節約画質でアップする機能がある。昔の高画質保存の仕組みもある。さらにHDD側には重複データやキャッシュ、写真ライブラリなども含まれている。つまり、HDD容量=純粋な写真容量ではない。容量だけを見ても実態は分からない。大切なのは、見たい写真が残っているかどうかだ。


◾️Googleフォトの本当の価値は保存ではない

ここが一番重要だと思う。Googleフォトの価値は保存ではない。活用だ。「海」で検索する。昔の旅行が出てくる。「犬」で検索する。昔飼っていたペットが出てくる。人物検索もできる。年月検索もできる。思い出表示もある。これって凄いことだ。HDDの中に保存しているだけでは起こらない。思い出が再び使われる。思い出が生き返る。Googleフォトは単なる保存場所ではなく、人生の検索エンジンなんだと思う。


◾️Googleフォトにも弱点はある

もちろん万能ではない。画質は多少落ちる。動画も圧縮されることがある。アカウント管理も必要だ。共有にも制限がある。元データを絶対残したい人には向かない部分もある。だから映像制作や写真作品、商用素材などは別管理が必要だろう。ただ、普通の家庭写真ならどうだろう。そこまで高解像度が必要だろうか。


◾️写真管理で本当に大切なのは画質か活用か

今回、自分自身に問い直した。高画質だけど数年間一度も見ていない写真。少し圧縮されているかもしれないけど何度も見返している写真。どちらに価値があるのか。僕の答えは後者だった。


◾️写真管理で一番怖いのは人間の怠慢

今回、一番感じたことがある。写真管理で一番壊れやすいのは機械ではない。人間だ。「今度やろう」「後で整理しよう」「バックアップ取らなきゃな」、なんとなく脳裏にタスクを後回しにしたストレスを抱えながら、数年経つ。実際、僕もそうだった。理論上は完璧なバックアップ体制を作っていた。でも更新していない。確認していない。活用していない。それなら意味がない。


◾️HDDを捨てられない人へ

本当に怖かったのは写真を失うことだ。でも冷静に考えると、そのHDDを最後に開いたのはいつだろう。本当に活用しているのはどちらだろう。Googleフォトなのか。HDDなのか。そこを自分に問いかけてみる価値はあると思う。完全に、クラウドに移行したことを確認したら、手元のHDDはもう卒業してもいいのかもしれない。


◾️結論 Googleフォトは“生きた思い出の場所”

Googleフォトは完璧な保管庫ではない。でも、思い出を生かしてくれる。どこからでも、どのデバイスからでもアクセスできる。もちろん、個人でHDDやNASをサーバー化し、ネットワーク経由で閲覧できる環境を構築することも可能だ。フォトビューアや専用ソフトを使えば、似たような運用もできるだろう。

ただ、導入コスト、維持管理の手間、故障リスク、バックアップの負担、検索機能などを総合的に考えると、多少のサブスク費用を払ってでも、GoogleやAppleのような大手サービスに任せた方が、結果的にコストもリスクも低くなる可能性は高いと思う。

ネットワークに繋がっていないHDDに眠る高画質写真より、家族と一緒に笑いながら見返せるGoogleフォトの方が価値がある。少なくとも今の僕はそう思う。

写真管理の目的は、保存することではない。見返すこと。語ること。共有すること。そして、その時代をもう一度心の中に呼び戻すことだ。これからAIもクラウドもさらに進化していく。容量は増え、検索は便利になり、写真や動画の整理も今以上に自動化されていくだろう。

そう考えると、個人の写真管理は「持つ時代」から、「預けて活用する時代」へ変わっていくのかもしれない。
愛と感謝を胸に。


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松永 修|MUSICおさむ

広島で、家族と日常を大切にしながら、音楽と文章をつくっています。作詞・作曲から、歌、演奏、録音、映像、発信まで、自分の手で育てています。音と言葉で、人生に小さな灯りを。

松永修が運営する個人事業「言と音LIFE BASE」の創作ブランドが「MUSICおさむ」です。

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