日々のことば(ブログ)

✍️宮島・弥山「消えずの火」の霊火堂が全焼。“1200年の火”はどうなるのか

おはよう。今日は、広島の人間として、本当にショックだったニュースについて書きたい。

僕の地元・広島。
そして、小さい頃から何度も登ってきた、大好きな山――宮島・弥山(みせん)。

厳島神社や大鳥居ももちろん好きなんだけど、僕は昔から「弥山そのもの」が大好きだった。

ロープウェイで登ったこともある。
登山道を汗だくで歩いたこともある。

学生の頃。
初めて父親になった頃。
子どもたちと一緒に登った日。

10代、20代、30代、40代。
人生の節目節目に、なんかいつも、あの山の景色があった気がする。

そんな弥山で、信じられんニュースが飛び込んできた。


宮島・弥山の「霊火堂」が全焼

2026年5月20日朝、宮島・弥山山頂付近にある「霊火堂(れいかどう)」で火災が発生。

建物は全焼し、周辺の林野にも延焼。
消防やヘリが出動し、翌21日昼ごろに鎮火したと報じられている。

ここは、単なるお堂じゃない。

弘法大師・空海が806年頃に修行した際の護摩の火が、約1200年間燃え続けていると伝わる、「消えずの火」がある場所だ。

広島の人なら、一度は聞いたことあると思う。

あの独特の静けさ。
山頂まであと少しの場所で、ふっと空気が変わる感じ。
「あー、あと一息じゃね」

みたいに休憩する、あの空間。
その場所が全焼した。

これは正直、かなり衝撃的だった。


「消えずの火」とは何なのか

霊火堂の火は、単なる観光名所じゃない。
真言宗の開祖・空海が修行中に焚いた護摩の火が、途絶えることなく守られてきたとされる火だ。

しかも、この火には、広島の歴史とも深い繋がりがある。
実は、広島平和記念公園にある「平和の灯」の種火の一部は、この弥山の火から採火されている。

つまり、「世界から核兵器がなくなるまで燃やし続ける」という、あの平和の灯のルーツの一つでもある。
さらに、霊火堂の釜で沸かされた水は「万病に効く」とも言われ、多くの人が祈りや願いを込めて訪れてきた。

だから今回の火災は、単なる建物火災じゃない。
「祈りの象徴」が燃えた。

そんな感覚に近い気がする。


実は、2005年にも全焼している

今回のニュースで驚いた人も多いと思うけど、実は霊火堂は、2005年にも火災で全焼している。
そして翌年、再建された。
ここで、僕は個人的に、すごく不思議に思うことがあった。

「消えずの火」って、その時どうなったんじゃろう?
もちろん、宗教的・象徴的な意味合いも強い話だから、単純な科学的視点だけで語るものではないと思う。

でも、正直、何も知らない人間からしたら、
「火事で消えた後に、また新しく灯して“続いてる”ってことにしたんかな?」

とか、
「火事の炎から、そのまま火を残したんかな?」

みたいなことを、素人的には想像してしまう。

でも今回調べてみると、どうやら“消えずの火”は、もともと火種を分散して管理・保存しているらしく、今回も火種自体は無事だったという情報が出ていた。

それを知って、
「ああ、そういうことか」

って、すごく納得した。
よく考えたら当然なんよね。

1200年という歴史を、本気で守ろうと思ったら、一箇所だけに全部を置くわけがない。
つまり、「消えずの火」は、単なる一本の炎というより、

“絶やさないための仕組みごと受け継がれてきた”
ってことなんじゃと思う。

そして、おそらく2005年の火災の時も、同じように守られていたんだろうなと想像する。
僕はそこに、ものすごい「人の思い」を感じた。

ただ神秘として置いてるんじゃなくて、
「絶対に絶やさん」
「守り続ける」

という、人の執念みたいなもの。
祈りみたいなもの。

それが1200年続いとるって、冷静に考えたら本当にすごいことじゃと思う。
物は言いようで、
「最初に分けた火種も全部“消えずの火”だ」
と言えば、その通りなんだろう。

でも逆に、それだけ真剣に守られてきたからこそ、今まで続いてきたんだと思う。
僕はそこに、逆に人間らしさを感じた。

完璧な奇跡というより、人が守り続けてきた歴史。
それって、なんかすごいことじゃと思う。


建物は燃えても、思い出や祈りは消えない

今回のニュース、本当に悲しかった。

僕自身、小さい頃から何度も登ってきた山だから。

野生の猿を見たこと。
友達と登ったこと。
家族と登ったこと。
子どもたちとロープウェイに乗ったこと。

人生のいろんな時間が、あの山には詰まっとる。

でも同時に思う。
場所も、建物も、形あるものは、いつか変わる。

火事もある。
災害もある。
老朽化もある。

でも、人の記憶や愛情や思い出は、心の中に残り続ける。
だからきっと、弥山という山は、これからも広島人の心の中に生き続けるんじゃと思う。

そしてまた、再建され、多くの人が登り、祈り、景色を見て、
「来てよかった」
って思う日が来るんだろう。

僕もまた、登りたい。
そんなことを思ったニュースだった。

さあ、今日も愛と感謝を胸に。
バイバイ。


松永 修 – MUSICおさむ

松永 修|MUSICおさむ|国家公務員|キャリアコンサルタント|作家・メディアクリエイター/音楽クリエイター(シンガーソングライター)|IT・AI設計・コンサルタント

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